今年も初観劇は元旦!というわけで2018年の観劇初めはソウル芸術の殿堂トウォル劇場に新作の韓国創作ミュージカル『ハムレット:アライブ』(햄릿:얼라이브, Hamlet:ALIVE) を観てきました。同じ月にもう1回おかわりをしたこの作品、私が観た回のキャストは、
- [2018.1.1 マチネ]
ハムレット (햄릿) : ホン・グァンホさん
クローディアス (클로디어스) : ヤン・ジュンモさん
ガートルード (거트루드) : ムン・ヘウォンさん
ホレイショー (호레이쇼) : ファン・ボムシクさん - [2018.1.19 ソワレ]
ハムレット : ホン・グァンホさん
クローディアス : ヤン・ジュンモさん
ガートルード : ムン・ヘウォンさん
ホレイショー : チェ・ヨンミンさん
でした。ガートルードはもう一人のキム・ソニョンさんでも観たかったのですが、残念ながらタイミングが合わず。レアティーズ、オフィーリアの兄妹はシングルキャストでそれぞれキム・ボガンさん、チョン・ジェウンさんがキャスティングされていました。グァンホさん、ジュンモさん以外はみんな初めましての俳優さんばっかりです。
ざっくり感想を書くと、初観劇は舞台照明と美術の美しさとグァンホさんの歌声の舞台掌握力に興奮し、二回目はヒールなジュンモさんの役作りの素敵さにうっとりした観劇でした。
2017年はDキューブアートセンターでもミュージカル『ハムレット』の公演がありましたが、『ハムレット:アライブ』はそちらとはまた別作品。前者はチェコで製作されたミュージカルのライセンス公演ですが、私が観た『ハムレット:アライブ』は前述の通り、韓国オリジナルのミュージカル作品です。
原作はあまりにも有名なシェイクスピアの戯曲なので説明不要な気もしますが、まずは韓国版インターパークに掲載されているあらすじを翻訳したものご紹介から。
(以下、ネタバレが多く含まれるのでご注意ください。)
To Be or Not To Be
どのように生きるのがより高貴か?仮想の都市、エルシノオの宣王が突然の死を迎えて弟クローディアスが王位に上がる。まもなく、ハムレットの母親で女王であるガートルードはクローディアスと再婚し、これによってハムレットは取り返しのつかない混乱と母に対する恨みに捕らわれる。
ある日の夜、ハムレットの目の前に父である先王の亡霊が現れ、自分を殺したクローディアスに復讐してほしいという言葉を残して消えて、ハムレットは、真実を明らかにとクローディアスとすべての人々が見る前で父の死を暗示した場面を公演することになる。一方、この場面を見たクローディアスは不安な心境を隠せずに席をあけると、ハムレットは半信半疑だった疑いが真実であることを確信して復讐を誓うが…。
過酷な運命の中で苦悩するハムレット、知らざる最後が彼に向かって近づいてくるが...。
『ハムレット:アライブ』は舞台を現代に移すとともに、デンマークから仮想都市に設定変更していたようですね。この記事を書くためにあらすじを訳すまで知りませんでした(←)
最初にぶっちゃけてしまいますと、私はハムレット王子のような優柔不断で煮え切らない上にいい年して女性に夢見すぎなマザコン男思い切れない繊細でナイーヴすぎる成年男性は苦手です。見ていてイラッとして背後からすぱーーんとスリッパで殴りたくなります。なのにシェイクスピアの『ハムレット』は面白いんですよね。ハムレットがただウダウダ延々と悩む独白シーンも多いのに。『ハムレット』はシェイクスピアの戯曲の中でも一番長く、まともにすべてスクリプト通りに演ると、5時間ぐらいになりかねない尺の長い作品らしいので、多分私が過去に観たバージョン*1も上演する場面を取捨選択したものだとは思うのですが。
韓国のミュージカル版はさらに戯曲を上手くかいつまんで150分に圧縮して再編成、独自に脚色した内容になっていました。オリジナルでは「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」の一言で済まされてた不憫なハムレットの学友、ローゼンクランツとギルデンスターンが双子のお笑いコンビのような扱いにされていて、ちゃんと二人が抹殺される場面も描かれていたり、ハムレットの親友ホレイショーが父王の学友の老先生に設定変更されていたり。舞台を現代に移していることもあり、全体的な雰囲気としては、2010年にロリー・キニアさん主演で英国のナショナル・シアターで上演された『ハムレット』*2に少し似ている気がしました。
個人的に『ハムレット:アライブ』で一番印象に残っているのは、その光と影と鏡の効果をうまく利用した照明と舞台美術の美しさ!
観劇直後も興奮してこんなことをツイートしていますし、実際前方席でも後方席でも観劇したのですが、この作品は断然後ろよりセンターで観るのがオススメです。スモークが焚かれている劇場内に束になって差し込んでくる光の美しさは本当に鳥肌モノ。この作品は全然舞台写真も動画も出回っていないし、私もうまく言語化できないのでこれはもう体験してもらうしか。レポの意義を全否定するような発言ですが、多分そのうち再演されると思いますので(←)
グァンホさんのハムレットは、作中の独白シーンがそこまで多くないのと、王子の長考シーンがミュージカルナンバーになっていて、それを圧倒的な歌唱力と声量で舞台を支配しながら歌い上げてくれるので、従来の「悩める王子ハムレット」感は若干薄い気がします。むしろ、どちらかというと若さゆえに復讐しか見えなくなっている潔癖な王子、という印象でしょうか。ハムレット役が歌う曲は情緒的でドラマチックなナンバーが多いので、グァンホさんの歌唱力と、歌に乗せた感情の爆発は存分に堪能できました。ここでグァンホさんが歌う作中のナンバー「生きるか 死ぬか」(사느냐 죽느냐) を少しだけですが、聞けるのでご紹介します。
やっぱり素晴らしい歌声だわ...。
しかし、大好きなグァンホさんをもってしても
Frailty, thy name is woman.
약한 자여 그대 이름은 여자이니라
弱き者よ、汝の名は女
の台詞にはイラッとしてしまう私心狭い。確かに、『ハムレット:アライブ』の先王の葬式からクローディアスとガートルードの再婚までの時間を表現する演出は、ハムレットじゃなくても「お、おぅ…」と思ってしまう変わり身の速さなのですが。これがハムレットの体感時間なのだろうなと思うと、「うん、そうね…」とも思わんでもないんですが。
日本でも『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役ですっかりおなじみになったジュンモさんは今回は兄を毒殺した王位簒奪者のクローディアス役。悪役ではあるんですが、兄を弑してまでも手に入れたかったのは王冠ではなくガートルードだったのかな、と思わせるような人間味を感じる役作りでした。紳士的な雰囲気ながら目的のために手段を選ばずに非情になれるクローディアスは多分為政者としても結構優秀だったんじゃないかと思うんですが、ラストでガートルードが毒入りの杯を呷ってからの茫然自失ぶりと彼女が事切れてからの自暴自棄ぶりがすごくて。「彼女がいない世界に意味はない」と言わんばかりにハムレットに自分を早く殺してもらえるように挑発しているように感じました。
クローディアス役はハムレットの父親の先王の幽霊と一人二役で、劇中にハムレットとハムレット王のデュエットがあるのですが、これがめちゃくちゃかっこいい。グァンホさんのバズーカ砲並みの声量に対抗するのは並大抵のことじゃないと思うのに、歌い負けてないジュンモさんさすが。音源や動画が残ってないのがすごく残念です。
オリジナルの戯曲でも『ハムレット』のラストでは人が次々にバッタバッタと死んでいきますが、『ハムレット:アライブ』はハムレットとレアティーズの御前試合を観戦していた周囲の人々もホレイショーを残して全員倒れるような演出になっていて。生き残ったのが老先生だけ、というのが物語の救いのなさに拍車をかけているように感じました。「こんな寂しい感じで終わるのか…」と思っていたら、本当の最後はハムレットを含めた死んだ人たちがゆらぁっと立ち上がって全員でラストの一節を歌って幕。これがすごくかっこよかったです。
なんで最後にみんながゾンビのように蘇るのかなぁとずっと考えていたのですが、ハムレットに登場する人たちは過去の亡霊のようだけど、現代に生きる人たちにも通じる人間の悲しい性を持って生きた人々で、彼らは私たちの中に生き続けているということなのかなぁと。
全体的には、「はい!これから歌います!」というのがすごくわかりやすくて、もう少し台詞だけの場面とミュージカルナンバーへの転換がスムーズだといいのになぁと思ったりする部分もあったりしたんですが、作品の世界進出を目論んだ韓国創作ミュージカルの意欲作だなという印象。きっと再演されるだろうし、再演時にはもっと洗練されると思うので、機会があればまた観てみたい作品です。
おまけ
グッズ販売ブースに "To Buy, or Not To Buy. That is the Question" (買うか、買わぬか。それが問題だ)と書かれていて思わず写真を撮ってしまいました。
買いました(←)