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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『スモーク』(스모크, SMOKE) @ DCF Daemyeong Culture Factory, Seoul《2018.7.14マチネ》

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 友達の観劇レポを読んでからずっと気になっていた韓国ミュージカル『スモーク』(스모크, SMOKE) でキム・ギョンスさんが演じるチョ(超)。なんとか『スモーク』の千秋楽間際に滑り込みして念願を叶えることができました。実は私、前日の7/13にも『スモーク』を観ています。前日の公演もすごく良くて好みだったのですが、ちょっと昨日観た『スモーク』があまりにも印象に強く残ったので記憶が新鮮なうちにレポを書きたいと思います。推してくれた友達にもせっつかれたし。(←)といわけで、私の魂を削り取っていったブログ掲題の『スモーク』の公演のキャストは下記の俳優様たちです。

 チョ(超):キム・ギョンスさん
 (海):カン・ウニルさん
 ホン(紅):キム・ソヒャンさん

  ミュージカル『スモーク』は二十六歳の若さでこの世を去った京城時代の韓国の詩人のイサン(李箱)、本名キム・ヘギョン(金海卿)の詩と人生をベースにした登場人物三人の小劇場ミュージカルです。独特の世界観から「天才」と「自己欺瞞的」とその評価が真っ二つに割れるイサンの詩。イサンがその短い人生を駆け抜けた当時、世間からの彼の詩の評価はもっぱら後者。詩を書く以外には何回か茶房の経営を試みたりしたようですが、どの試みも失敗に終わり、イサンの身体は肺結核の病魔に蝕まれていきます。故国での酷評から逃れるためか、イサンが死の間際に流れ着いたのは東京。しかし東京でもイサンは思想嫌疑の容疑で捕まり投獄されてしまいます。その一ヶ月後、イサンは健康状態の悪化を理由に釈放されますが、その最後の力で『終生記』を書き遺した後、イサンはそのあまりにも短い人生を終えることになります。

(以下、ネタバレが多く含まれるためご注意ください)

 

 ミュージカルの始まりは囚人姿の男が投獄されているような場面から。男はイサンと思われますが、この時その男を演じているのはチョ役の俳優さんです。私が『スモーク』を観たのはこの7/14のマチネを含めて3回で、1回目の観劇ではキム・ジェボムさんがチョ、2回目ではキム・ジョングさんがチョ。ジェボムさんのチョもジョングさんのチョも初登場時は咳き込みながら床に横たわっているのですが、ギョンスさんのチョは何やらと口の中でぶつぶつと呟きながら机に齧り付いて書物をしています。「自分の人生の終わり方は自分で決める」と強い語調で男が言い、暗転する舞台。劇場が暗闇に包まれる前に一筋の光が差し、そこには囚人服姿の男とは異なる青年(ヘ)の姿が一瞬目に映ります。鳥籠のような、箱庭のような舞台とともにとても印象的な最初の場面。

 概念的な部分が多く、イサンの詩と同様に少し難解な『スモーク』の物語。本来ならばもう少し物語のあらすじを作品を未見の方々のために書いたほうが親切なのでしょうが、それを始めるといつまで経っても感想部分にたどり着けないので、『スモーク』の筋書きが気になる方は、ぜひ私がいつも韓国ミュージカルの予習で一方的にお世話になっているポコ (pokos)さんのブログ記事をご参照ください。こんなところでこんな形でご本人に直接知らせずに告白するのは本当にどうかと思いますが、私、 ポコさんのブログのファンです!!いつも面白く記事を拝見させていただいています!本当にありがとうございます!

pokos.hatenablog.com

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 さて、ミュージカルを未見で内容が気になっているみなさまはだいたいの内容はバッチリでしょうか?以下はその前提で強引に進めさせていただきます(←)

 『スモーク』では、登場するチョ、ヘ、ホンの三人は実は全員詩人イサンの一部であることが物語が進行とともに判明していきます。三人のそれぞれがイサンという人物のどのような部分を表している存在なのか。彼らの関係性はどうなっているのか。三人ミュージカルであり、チョ、ヘ、ホンがそれぞれマルチキャスティングされている『スモーク』の観劇の醍醐味で沼ポイントであり、観た人の感想が分かれるのがこの部分をどう感じたかだと私は考えています。

 昨日のマチネの『スモーク』の公演が私の中であれほど強烈に印象に残ったのは、組み合わせ千秋楽のギョンスさんのチョ、ウニルさんのヘ、ソヒャンさんのホンの素晴らしい熱演も勿論のことなのですが、お三方が体現するイサンの側面、関係性がストンと私の中で腑に落ちるものがあったからだと思っています。

 死や病魔の影を濃厚に漂わせているギョンスさんのチョは、あまり言葉を選ばずに書くと、めちゃくちゃガラが悪いチョ。病気の影響でゆらゆらと歩く姿も、その不遜さを冗長させるスパイスにさえ見える。ヘ役のウニルさんもホン役のソヒャンさんも小柄な役者さんなので、その身長差で上から見下ろす視線は完全なるドSの俺様。特にヘに対しては容赦がなく、思いっきり突き飛ばしたり首を絞めたりともうやりたい放題です。そのあまりの傍若無人さに演技とわかっていてもハラハラしたり、ヘが心底可哀想に思えるくらい暴力的な衝動に満ちたチョです。

 対するウニルさんはその小柄さとどこか幼さを残す容貌から少年のように感じるヘです。あるいはつぶらな瞳の小動物。素直で人が良く、邪気のない笑顔で「海」に行って絵を描きたいんだと語るへ。そしてイサンの本名キム・ヘギョンから一文字を貰っているヘ。イサンの本質、核にある部分をその名前からも担っていることが連想させるヘと黒いイメージがつきまとうチョは鏡合わせの存在。チョはヘが思い描いた鏡の中の強い自分、というのが劇中のチョの台詞にある通り、二人の力関係ではチョが圧倒的な強者に一見見えますが、その力関係も鏡合わせのような状態になっているというのが私の理解です。チョはとても強いようでとても弱い。ヘはとても弱いようでとても強い。お互いに対して大きな憧れと嫉妬を抱いているチョとヘ。チョとヘが鏡合わせの存在であるならば、イサンの一部であるホンはいったい何者なのかという疑問に辿り着きますが、イサンがヘとチョの二人に分裂してしまい、そして物語の最後に再び溶け合うことができた理由のどちらもがホン、というのが私の解釈です。

 ホンが何者であるかを私が表現するならば、イサンが愛し、イサンの人格から切り離せない一部となったものたち。あるいはイサンにとっての彼を取り巻く世界と言ってもいいかもしれません。三人の中で唯一女性の姿で登場するホンはそのことによってもチョとヘとは一線を画す存在であることが想像されます。母親のような、姉のような、懐の深さと温かさを感じるソヒャンさんのホン。でも時として、愛はあまりに大きな苦しみを伴います。

 チョはその孤高の強さと引き換えにホンがもたらす負の部分を一手に引き受けた存在。ヘにもホンにも冷たくあたるチョですが、決して冷たいだけではないのがギョンスさんのチョ。それは、チョがヘとホンを守るために生まれた存在だからだと思っています。チョがヘに対して羨望を抱く理由。騙されるなと再三にわたってヘに聞かせる理由。そしてヘがチョより弱く、強い理由。それはヘが純粋に自分の愛するものを受け入れ、その愛を表現することができること。

 物語の終盤でチョが話した言葉と同じ言葉を口走ったり、チョのように死への衝動に取り憑かれたように振る舞うヘ。死の衝動にヘが心を乱しているその間、光のあたらない暗い机に向かって座り、イサンが書いた作品と思われる紙の束を泣きそうな表情で大切そうに掻き抱くチョ。それは、ヘが愛に傷つき、死にたいとさえ強く思う自分自身を受け入れ始めたサイン。

그만해. 
やめて

맞아. 
そうよ

난 고통이고 절망이고 죽음이야.
私は苦痛で絶望で死

하지만 또 난 네가 꾼 꿈이고 희망이고 삶이야.
だけど、同時に私はあなたが見た夢で希望で生よ

절대로 멈추거나 그만두지 않아.
絶対止まったりやめたりしない

 

너도 허상이고 실체가 없다고 말하지만 너도 해와 똑같은 인생을 살고 있는 거야.
あなたも虚像で実体がないと言うけれど、ヘと同じ人生を生きているのよ

그래서 괴로운 거야.
だから辛いのよ

그러니 날 끌어안고 살아!
だから私を抱きしめて生きて!

 ホンがヘとチョのそれぞれに向けて伝える言葉。ヘが自身の頭に突き立てた銃を持つ腕を引き離そうとその腕を引っ張った後は、ヘの動きにシンクロして銃に見立てた指を頭に突き立てたチョの正面に立ってチョの背中に手を回して抱きしめるホン。片腕は「やめて」と言っているとも「私を受け入れて」と言っているようにヘに向けて伸ばされます。ゆっくり銃に見立てた手を下ろし、涙を必死に耐えているような表情でホンを両腕で頭を掻き抱くように抱きしめるチョ...。あの傲岸不遜なギョンスさんのチョがですよ!泣くに決まっているやんそんなん!....。・゜・(ノД`)・゜・。

고마워
ありがとう

と一言呟き、頭に向けていた銃を鏡の世界の天井に向けて発砲するウニルさんのヘ。実はこの部分、今年販売された『スモーク』の台本では

미안해
ごめん

となっている部分なのですが、謝罪の言葉の代わりに感謝の言葉を伝えるウニルさんのヘは、長らく自分の代わりにホンがもたらす負の部分をずっと孤独に引き受けていたチョ、自分自身のそんな一面を労う言葉に思えました。「ありがとう」の方が断然私にとってはしっくりくるので、ウニルさんのヘのその短い言葉は、母親に再会した迷子の子供のようにも、ずっと行方不明だった恋人にやっと会えた男にも見えるギョンスさんのチョがホンを抱きしめる姿とともに鮮やかに記憶に刻まれています。

 ホンがイサンが愛した世界を表し、チョが愛する世界がイサンにもたらす苦しみに対峙し、傷つく自分を表し、ヘが世界を素直に愛するイサンの想いを表している。ホンがヘとチョを同じように愛し、チョがホンを受け入れ、ヘがチョを受け入れることで三つの存在に分離したイサンが再び一つの存在へと溶け合うことができた。そう私は解釈しました。

 銃声と暗転の後、物語の冒頭で登場した囚人服姿の男と同じ姿で現れたのはチョを演じるギョンスさんではなくヘを演じるウニルさん。少年らしさがなりを潜め、チョがヘと共にあることを感じさせるキム・ヘギョン、別名をイサンとしてのウニルさんの演技、本当にお見事でした。

 自分が愛したものに傷つく自分もありのままに受け入れて再び筆を取るイサンとその姿を見守るチョとホン。三人の歌う歌声が一つになり、

날자, 날자, 날자
飛ぼう、飛ぼう、飛ぼう

 と唱和するラストはその歌詞と同じように不思議な高揚感があり。言葉通りずっとハンカチに手汗を握るような緊張感を感じ続ける二時間弱の熱演で魅せてくれたお三方の俳優様にはただただ感謝です。凄いものを、そして良きものを見せて貰いました。本当にありがとうございました!