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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『紳士のための愛と殺人の手引き』 (A Gentleman’s Guide to Love and Murder) @ Nissay Theatre, Tokyo《2017.4.22マチネ》

紳士のための愛と殺人の手引き

 

 2014年のトニー賞のミュージカル作品賞を含めた4部門を受賞したブロードウェイ発の人気コメディミュージカルの『紳士のための愛と殺人の手引き』(A Gentleman’s Guide to Love and Murder, 以下長いのでGGLAM) 。ブロードウェイで観劇した際にそのブラックなユーモアに笑い転げたこの作品が市村正親さんをはじめとする日本人キャストで上演されると聞き、わくわくしながら久しぶりに日生劇場に観に行きました。国内でなおかつ日本人キャストでの観劇としてはかなり久しぶりの観劇となった本作ですが、私が観た回のキャストは

 モンティ・ナバーロ (Monty Navarro) : 柿澤勇人 さん
 ダルバート卿、他 (Lord Adalbert and other D'Ysquiths) : 市村正親 さん
 シベラ (Sibella) : シルビア・グラブ さん
 フィービー (Phoebe) : 宮澤エマ さん
 ミス・シングル (Miss Shingle) : 春風ひとみ さん

でした。

  まずは物語のあらすじからご紹介。(以下ネタバレありなのでご注意ください)

 

 ある日、母を亡くしたばかりの貧しい青年モンティ・ナバーロの元に彼の母の知り合いだという老婦人ミス・シングルが訪ねてくる。突然現れた彼女は、モンティの母親は実は名門貴族であるハイハースト伯爵ダイスクイス家の令嬢でありモンティの父親と許されぬ恋の末に駆け落ちをして家を勘当されたのだと話し、モンティ自身にもその継承順位は低いもののダイスクイス伯爵の称号を相続する権利があるのだと打ち明ける。にわかにはその話を信じられないモンティだが、母親が親戚に宛てに書いて返送された手紙を読むにつれてその話を信じるようになる。

 一方、モンティ自身も名家の令嬢シベラとの身分差の恋に悩んでいた。シベラに求婚するためには収入の良い仕事が必要だと考えたモンティは、ダイスクイス伯爵家の大銀行の頭取であるアスクイス・ダイスクイスSr.に仕事を紹介してもらえないかを依頼する手紙を書く。しかし、その結果息子であるアスクイス・ダイスクイスJr.からモンティとダイスクイス家の血縁関係を全面否定する冷たいけんもほろろな返事が返ってくる。ならばとモンティは母と親交もあった聖職者エゼキエル・ダイスクイスの元を訪ねるが、そこでも「家のゴタゴタには関わりたくない」とやんわり断れてしまう。案内された聖堂の屋上で、エゼキエルが強風にあおられて聖堂から転落しそうになった拍子に、「もしここで彼を助けずに見殺しにしたら、自分の爵位継承順位は繰り上がるのでは?」という考えがモンティの脳裏をよぎるのだが…。

 

 前述のとおり、GGLAMはコメディです。しかも人が死ぬ度に笑いが起こるような感じのブラックなコメディです。GGLAMの主人公はモンティですが、そのモンティがハイハースト伯爵位を獲得するために次々と殺されていくダイスクイス家の人々を一人の役者さんが演じるのがこの作品の一番の特徴です。惜しくも受賞は逃しましたが、2014年のトニー賞の際はモンティ役のBryce Pinkhamさんもダイスクイス卿をはじめとする伯爵家の人々を演じたJefferson Maysさんはともにミュージカル部門の主演男優賞にノミネートされていて、この二人(?)の攻防を中心に物語が展開します。この作品の魅力は何と言っても物語のテンポの良さ、「名曲!」というわけではないのだけど耳に残って頭を離れないクラシカルだけどキャッチーな楽曲に、最後の最後まで意外な展開が残されている練られたエンターテインメント振り、そしてやっぱり一人で何役を演じる主演俳優の演じ分けと早替えだと思います。私はトニー賞の受賞前と後に1回ずつブロードウェイでこの作品を観ているのですが、日本公演はブロードウェイ公演のレプリカ公演ではなく、セットや衣装、演出も日本独自のものになっていたので、それを比較するのもなかなか面白かったです。

 市村さんが演じるダイスクイス家の人々はもうさすが。偏屈な伯爵、ややオタク気質な聖職者、金持ちの放蕩息子、厳格な紳士、ゲイだと思われる養蜂家のフィービーの兄、生命力が溢れすぎている女性慈善家、筋肉至上主義の軍人、権力で役をもぎ取っている大根役者の大女優、そしてもう一人…。実に個性豊かなダイスクイス家の面々を演じ分けていながらも、どこか「市村さんらしさ」を感じる演技でこの役にはぴったりだったと思います。個人的にお気に入りのキャラクターはやっぱり、パワフルすぎる慈善活動家のレディ・ヒアシンス。きっと業を煮やしたモンティに直接手をかけられていなかったらすごく長生きしていそう…。回数を重ねるうちにどんどんと洗練されてスマートになっていくモンティの殺人の手管のあれこれをものともしない彼女の生命力、恐るべし。

 この作品は女性が演じている女性陣(←)もすごく個性的で、それも魅力的なんですよね。モンティが想いを寄せていて、後に愛人となる良家の令嬢のシベラは悪女に分類されるのでしょうが、彼女の悪びれずにあっけらかんと自分のしたいように生きる姿はなんというか清々しくていっそかっこいいです。好き放題にしているようにしているようで、結構現実的なのも彼女の魅力かと。公演スタート前のキャスティング・インタビューで一言「若作り頑張ります」とコメントしていたのが忘れられないシルビアさんですが、自由奔放に生きるシベラを生き生きと魅力的に演じていたと思います。そしてやっぱり歌うまい。シベラとは対照的に奥ゆかしくて夢見がちな箱入り娘としているダイスクイス家の令嬢フィービーですが、彼女も控えめに見えて思っていることを全部口に出して言ってしまうようなところとか、物語の終盤に判明する衝撃のしたたかさとかがやっぱりかっこよすぎるので好きです。私はフィービーを演じている宮澤エマちゃんの密かなファンなのですが、彼女はくるくると変わる表情がとても魅力的。今回はコメディということもあって、ちょっとオーバー気味な表情の演技もとてもチャーミングでした。シルビアさんのシベラが艶っぽいアルトの音域なのに対して、エマちゃんは透き通るような声のソプラノなので、二人の声の対比もよかったです。結末を知っていると、アダルバート卿の殺人容疑で裁判にかけられたモンティの無実を勝ち取るために正妻と愛人の立場がお互いに手を組んでいたことがわかる握手のシーンはニヤニヤしてしまいます(笑)ちょい役だけど、すべての発端となる春風ひとみさんのミス・シングルもぶっ飛んでいてとてもよかったです。

 今回プリンシパルキャストで唯一のダブル・キャストとなっているモンティはカッキーこと柿澤勇人さん。前回私がカッキーを観たのは、『デスノート』のライト役だったので、「同じ殺人犯の役でもこんなに印象が真逆の役もないよなー」と、妙な感慨を持ちながらの観劇になりました。手を染めていくにつれ、段々と黒くなっていくところまで一緒なのにこうまで違うとは(笑)Bryceさんのモンティを2回も観ているとちょっと顔芸に物足りなさを感じるのは否めないのですが(笑)、すごく楽しそうにモンティ役を演じていて可愛かったです。モンティは殺人に手を染めるにつれて、素朴な好青年が妖しい色香漂う男性に成長していくのですが、それでもどこかちょっと抜けていて憎めない感じで(遺産目的の連続殺人犯なのに)。色気たっぷりの柿モンティもいいですが、個人的には殺人のミッションコンプリートのためにワタワタしたり、上手くいってドヤ顔したり、シベラとフィービーの間で右往左往するコミカルな柿モンティが好きです(笑)。

 舞台の物語は「モンティの運命、いかに!?」とテレビアニメの次回予告のように終わりますが、そういうところも含めてよく練られたコメディ作品だと思います。散々ネタバレしておいてこんなことを書くのもアレですが、まだ観たことのない人にぜひフレッシュな状態で観てほしい作品です。


[2017/7/25] 少しだけあらすじを修正しました。