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【観劇レポ】ミュージカル『インタビュー』(인터뷰, Interview) @ Dream Art Center, Seoul《2018.7.29》

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 2017年の東京公演で初観劇して以来、好きな韓国ミュージカルの一つになったミュージカル『インタビュー』(인터뷰, Interview)。韓国ではトライアウト公演を除くと2016年の初演、2017年の再演に続いて今回の公演は3回目。2018年の公演ラインナップには特にこの作品の名前は挙げられていなかったので、開演の1カ月ほど前に突然製作会社から公演の告知が出た時には「えっ…。こんな忙しいタイミングで突然ぶっこまれても困る!時期ずらしてよ!!」と思ったはずなんですが、いそいそとチケットを増やしたりキャストスケジュールを待ちわびている自分がいます。(←)といわけで、早速7月末に2018年版『インタビュー』をマチソワで観劇してきました。私が観た回のキャストのみなさまは下記の方々です。

  1. [2018.07.29 マチネ]
     ユジン・キム (유진 킴) : イ・ゴンミョンさん
     シンクレア・ゴードン (싱클레어 고든) : チョン・ドンファさん
     ジョアン・シニアー (조안 시니어) : キム・スヨンさん
  2. [2018.07.29 ソワレ]
     ユジン・キム : キム・スヨンさん
     シンクレア・ゴードン : キム・ギョンスさん
     ジョアン・シニアー : キム・ジュヨンさん

今回の枠を選択したポイントは大きく5つ。

  1. 新たにキャスティングされたドンファさんのシンクレアが観たい。
  2. シンクレア役からユジン先生へ役替わりしたスヨンさんの演技が気になる。
  3. ジュヨンちゃんのジョアンがまた観たい。
  4. ギョンスさんのシンクレアを観ないという選択肢はない。
  5. 何回もあると思うな、神キャスケ。

 そんなわけで、土日一泊でソウルに遠征することが多い私ですが、月曜に半休をしれっと取得して日曜はほぼ一日中ドリームアートセンターの住民になって緊迫感溢れる『インタビュー』の密室心理劇の世界を満喫しました。

 一部の方々には既知の情報かと思いますが、私、『ラフマニノフ』からの『スモーク』からのさらに駄目押しの今回の『インタビュー』で自分でもびっくりな勢いで完全にギョンスさんに堕ちました。なので上にポイントを5つ挙げはしましたが、今回のレポはほとんどギョンスさんシンクレア備忘録になると思います。(←)『インタビュー』のあらすじは来日公演のレポートに書いていますので、全体的な話の流れを知りたい方は下記をご参照ください。

(以下、最初から本当にネタバレだらけなのでご注意ください)

 

2017年再演からの変更点

 一番最初にサクッとネタバレしてしまいますが、2018年の三演『インタビュー』は、再演の際に「不器用な美しさ」(서툰 아름다움) から差し替えられた新曲「小さな物語」(조그만 이야기) はそのまま残るものの、2016年の初演版の脚本に近い形に戻されていました。「遺書 Reprise」(유서 Reprise) は初演バージョンです。おそらく直近の大阪公演と同じ脚本での公演だと思われます。2017年の再演版『インタビュー』の脚本変更に関しては下記のレポに詳しく書いているので、気になる方はご参照ください。

 ユジン・キム先生が実はオフィーリア殺人事件の被害者女性の父親だった、という再演で加わった衝撃の設定は、循環構造の心理劇としての『インタビュー』の面白さを格段にアップさせることに成功していたと思うので、残念に思う気持ちは正直あります。ただ、現実問題として事件の容疑者の精神鑑定に被害者の直接の関係者、ましては肉親が関わるなんてことは絶対にあり得ないですし、ダブルKプロデュース作品が積極的に海外に進出することを視野に入れて活動をしていることを鑑みた時に、この非現実的な設定はなくす方向にしたことも頷ける結果です。先生の設定がただの「ミステリー作家を装う精神科医」に戻ったことにより、加害者でありながら被害者でもあるマットの救済の物語としての側面はより強調されると思っているので、この三演版は三演版でやっぱり好きです。

感想

 ここからは、枠選択のポイントに挙げていた点を中心に感想を書きたいと思います。

ドンファさんのシンクレア

 観劇ポイントの一つに挙げていたドンファさんのシンクレアですが、直近で観た『ラフマニノフ』のいつもニコニコ陽の人ダール先生のイメージとは一転して、追い詰められているような雰囲気とヒリヒリとした切実な悲しみが痛々しいシンクレアでした。陽の人どころか、むしろかなり暗いドンファさんのシンクレア。カーテンコールでいつものドンファさんのニコッとした笑顔を見た瞬間、ちょっとホッとしてしまうくらい。真面目で少し神経質なマットの本質が、どこか他の人格にも見え隠れするような役作りでした。

 全体的にはドンファさんは声色はあまり変えずに台詞回しや表情、体の動きで色んな人格を演じていました。ドンファさんのマットはその長年溜め込んだ思い詰めた思い故、どこか暴力的な衝動も持て余している印象を受けました。ユジン先生に「マット・シニアー」という正体を明かした後の口論はとても激しく、机をバンバンと大きな音を叩いたり。ジミーはさらにそのマットの暴力的な部分を増幅させたかのように、まあ暴れる、暴れる。まず、人格が入れ替わる瞬間からしてびっくりしてしまうドンファジミーの登場は、大声で叫びながらシャツのボタンを全開に。大切なことなので繰り返しますが、シャツは全開です。ボクサーのような引き締まった大胸筋に腹筋、ご馳走様です。(←)そんないで立ちであるのにも関わらず、落ち着きがなく、いらいらしながら常に動き回っている雰囲気のドンファさんのジミーとはセクシーとはちょっと言い難く。自信のなさを威圧的に振る舞うことによって隠そうとしているタイプのように感じました。あまりにも暴れるので、勢い余ってコーヒーカップを落としてジャケットの裾が濡れたり、椅子が壊れてしまうんじゃないかと見ていて心配になったり。ウッディはそんな自信のなさや心細さが真正面に表れたように、うろうろと彷徨う視線が印象的。逆に大人っぽいドンファさんのアンですが、ジョアンに怯える姿はやはり震えるような心細さが強調されていて。改めてこうやって感想を書いてみると、ドンファさんの役作りはジミー、ウッディ、アンがどこかマットと陸続きであるように感じられた分、ノーネイムの異質さがより際立っていたように思います。冷静に、抑えきれない衝動をも利用して、友達に「必要じゃないじゃないか」とそそのかす「怪物」。でもマットが生きていくためにはその「怪物」が必要だった。

 一番印象に残っているのは、ジョアンをその手にかけてしまったマットの呆然とした表情と、間をおいて声にならない叫びをあげているような悲痛な表情と泣き崩れてジョアンの亡骸に縋り付く姿。ここでも、ドンファさんのマットの物語はその苦境で溜め込んだ鬱屈の衝動を抑えきれなかった青年の物語だと感じました。

 ドンファさんのシンクレアは、公演を重ねていくうちにまた変わってきそうな気がします。次はウンソクさんの先生との組み合わせで観る予定なので、二人の組み合わせではどうなるのか楽しみです。

ゴンミョンさんとスヨンさんのユジン先生

 ゴンミョンさんの先生は、東京公演以来なのでおおよそ1年半ぶり。来日公演でも素敵な歌声だなと思っていたのですが、六本木の広い会場で聞くのと大学路の小劇場で聞くのでは迫力が桁違い!「マイク、いらないですよね」と思いながらその歌声を堪能しました。やっぱり印象としては、一見ちょっとコワモテだけど「熱い」ゴンミョンさんのユジン先生。ドンファウッディにエア鉄砲を打たれて1、めっちゃ苦笑いでノートの盾で防ぐジェスチャーをする姿には不覚にもちょっとときめきました(笑)ゴンミョンさんは初演版で一回観ているので、できれば再演版の設定でも観てみたかったな。

 シンクレア役から役替わりのスヨンさんのユジン先生はゴンミョンさんと比較すると、マットの境遇に心を痛めつつもニュートラルな立場をとっているように感じる先生でした。助手の採用試験のインタビュアーとしてもそこまで威圧的ではなく、フランクな雰囲気のスヨン先生。私は基本的に低い声の人スキーなので、スヨンさんの声は好みからちょっと外れるのですが、スヨンさんの台詞回しだとかお芝居の間の取り方とかはかなり好きです。特にシンクレア(マット)と激しく言い争う場面の張り詰めた緊張感は極上。やりとりを見ていると、脚本にある程度従いつつも柔軟にその場の流れに任せた台詞運びを選んでいるように感じられて、そんなところが好きでした。結局観れなかったスヨンさんのシンクレア役ですが、そちらでも観てみたかったです。

スヨンさんとジュヨンさんのジョア

 今季の『インタビュー』にキャスティングされているジョアン4人のうち、ジュヨンさん以外の3人は初キャスティングされています。というわけで、初めましてだったキム・スヨンさんのジョアン。スヨンさんのジョアンは狂気はそこまでなく、生きていくためになりふり構っていられない切実さがヒリヒリと感じられて切ないジョアンでした。きっとあのような家庭環境でなかったなら、ごくごく平凡な生活を送っていたんだろうなと思わせるジョアン。義理の父に暴力を振るわれ、「明日は姉さんの番だって」と泣きそうな声で訴えた幼き日のマットを抱きしめて「そんなことは起こらないわ」と言った時の感情が削げ落ちたようなのに必死な表情がとても痛々しかったです。

 初めて『インタビュー』を観た時からすごく好きなジュヨンさんのジョアン。感情豊かでくるくる変わる表情が魅力的であると同時に無邪気な残酷さとゾクッとする狂気を感じずにいられないジョアンです。そんな鮮烈な印象を与える彼女だからこそ、マットが心の奥底では嫌悪感や怖れを抱きながらも彼女に強く惹かれ心から愛さずにいられなかったのかな、と思うのです。そんな危うい魔力のような彼女の魅力と引力も、生きていくために必要に迫られて彼女が獲得したものだと考えると心が痛い。そんな大好きなジュヨンちゃんのジョアンですが、今回は思ったほどジョアンの演技に注目することができなかったのでまたもう1回観たい...。ご察しの通りなので理由は聞かないで下さい。(←)

 余談ですが、今季の『インタビュー』はピアニストのスヨン (수영) さん含め、先生役にもスヨン (수용) さん、ジョアン役にもスヨン (수연) さんがいて、カタカナ表記にすると全部同じスヨンさんになってちょっとややこしいですよね。先生とジョアンのスヨンさんは名字まで一緒だし。スヨン (수연) さんとジュヨン (주연) さんも字面似ているし...。

ギョンスさんのシンクレア

 どこかそれぞれの人格が繋がっているような共通点を感じるドンファさんのシンクレアに対して、解離がひどく、それぞれの人格が本当に別の人間にしか感じられないギョンスさんのシンクレア。そして、マット以外の人格については、お互いの「存在」や「役割」を強く意識していることを感じるギョンスさんのシンクレア。

 もしかしたら、この書き方は正確ではないかもしれません。アンの「苦痛は私の役割じゃない」という台詞は、東京公演で購入した台本を読む限り初演からあったし、ノーネイムが「アンはジョアンが死んでから静かになった」と先生に話す台詞も然り。直前のマチネ公演を含めて観劇回数が5回目になったことも多分にあるとは思いますが、ギョンスさんのシンクレアが紡ぐ物語を追っていると、いままで漠然と感じていた『インタビュー』の物語に対する感想と劇中の場面が点と点でつながり、さらに新たな発見が色々ありました。

 まだ自分の中で納得のいく解釈に消化できていないのですが、「作られた物語」(만들어 낸 이야기
) の曲中でユジン先生が歌う

무의식과 의식
無意識と意識
종잇장 차이
紙一重の差異

という歌詞。この「無意識と意識」という点がギョンスシンクレアの物語を読み解く上でのポイントになりそうだな、と感じています。というのも、今回の観劇で初めて気付いてとても気になったポイントとして、ギョンスさんのシンクレアは書いた物語に登場する「ウッディの友達」について先生に名前を問われた時に、一瞬ノーネイムがその意識を捉えているように感じる瞬間があったのです。

몰라요.
わかりません
없어요.
ありません

口調は丁寧ながらも、底冷えするような低い声で回答するシンクレアはまるで別人のようで。もう一つとても気になったのが、シンクレアが物語を語り終わった時に、

노내임은 아이 안에 또 다른 괴물였어요.
ノーネイムは子供の中のまた異なる怪物だったのです

と言っていたこと。マットの物語を語るノーネイムが、ジョアン(母親)の動きに合わせて、「静かに 大人しく 物音ひとつ出さないように」の部分で同じ手振りをする所でも、手はシンクロさせながらも

너흰 내 모든 불행의 씨앗
お前は私の全ての不幸の種

내 고통의 시작

私の苦痛の始まり

とまだ赤ちゃんのマットに向けて母親が言う部分で辛そうに顔を背ける姿が印象的で。その実、マットはどこまで他の人格の存在を意識できて、制御できているのか。マットとノーネイムはどこまで分離された存在なのか。そんなことが観ていても、観終わっても気になって仕方なくなりました。

 関連して気になっているのは、「ギョンスさんのシンクレア・ゴードンは独立した人格なのか?」という疑問。先生に相対する人物がシンクレアからマットに明示的に変わるタイミングで、眼鏡をおもむろに外すギョンスさん。この疑問自体は『インタビュー』の観劇レポを読み漁っていたときに発見したブログを読んだときから気になっていたのですが、改めてその説を頭に入れて観劇してみるとそのように感じられる部分も多くて気になっています。穏やかで、危うい繊細さを感じる純粋に文学を愛する「シンクレア・ゴードン」はジョアンが夢中になった事実を含めてマットが喉から手が出るほど渇望した、なりたかった自分を映した姿に違いありません。『アナベル・リー』の物語のように、誰かを純粋に「愛の中 愛により」愛したかったマット。だけど、ギョンスさんのマットはどこかずっと「これは作られた物語」「これは虚像、妄想、想像」とその願望を冷めた気持ちで諦めているような部分を感じ。逆に切実に「ただの物語」になることを望んでいた『人形の死』を物語のままにすることができなかったということにギョンスマットの絶望的な悲しみを感じ、本当に胸が締め付けられます。去年のレポでも書きましたが、あれこれと物語の背景に思いを馳せずにいられないギョンスさんの演技、本当に大好きです。

 なんだかしんみりとしてしまったので、萌え話も。ギョンスさんのシンクレアを観たことのある人ならご存知、尋常ならざる色気をダダ漏れさせているギョンスジミーは咥え煙草のまま灰を撒き散らしながらしゃべるガラの悪さがもはやトレードマーク。ユジン先生に煙草の火を要求しながら、咥えた煙草を上下にぶんぶん動かして火をつけてあげようとしているスヨン先生を翻弄するギョンスジミー。多分そのバチが当たったんでしょう、煙草の灰を撒き散らしながら話していたら煙草を落としてしまうジミー。床に落ちた煙草を見て「씨발 」(くそったれ) とポツリ漏らした一言が妙に可愛らしく、客席から漏れる忍び笑い。どうするのかと見守っていると、不本意そうに落ちた煙草を拾いさっと拭ってからまた咥えるギョンスジミー。その後の「ロンドン・アイからの夜景を〜」の件りは元々ジミーが面白おかしく言う台詞ですが、なんかギョンスさん割と素で笑っている気がしたのですが気のせいではないですよね。美味しゅうございました。

 豪快なドンファジミーとは違い、ギョンスジミーのシャツのはだけ具合はボタン3つ分くらいですが、ウッディに人格が入れ替わっても、捲った袖は元に戻しても開襟具合には無頓着なギョンスウッディ。かわいい。ウッディからアンに人格が入れ替わって、先生に約束のための指きりを強要した後に、ふと「어머...」(あらやだ)と我に返ってボタンを恥じらいながら閉じていくギョンスアン。シンクレアのうさ耳(←違)といい、ギョンスさんはちょいちょいこういうの入れてくるから卑怯...._:(´ཀ`」 ∠): あれ、おかしいな。割と真面目なことを書いていたはずなのに一気に頭が沸いた感想になってしまったぞ。(←)

まとめ

 『インタビュー』は物語の題材が題材だけに、決して「ああ、良かった!」とハッピーな気分で劇場を後にできる作品ではないんですが、役者さんの解釈によって色々と物語の背景や人物像に思いを巡らせることができるのが妄想好きな私にとっては堪りません。そしてやっぱり音楽がいい!作品沼と俳優沼の相乗効果により久しぶりにマニアカードに結構スタンプがたまりそうな『インタビュー』。また違った俳優さんの組み合わせや、公演を重ねた俳優さんの演技の進化を観るのが今から楽しみです。

2018.7.29ソワレカーテンコール

[2021/2/26修正]

 先生の名前の表記を英語風読みのユージン・キムから来日公演時に発売されていた台本準拠のユジン・キムに訂正しました。


  1. そういえば、ギョンスウッディとスヨン先生はエア銃撃戦はやっていませんでした。確かに大人しいギョンスウッディは鉄砲遊びはやらなさそうだけど、いつもそうなのかな?