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【観劇レポ】ミュージカル『1446』@ Theatre Yong, Seoul《2018.10.13-2018.12.1》

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 2018年の5月に日本でもダイジェスト公演が行われ、評判になったHJ Cultureの新作ミュージカル『1446』。 渡韓したことある方にはウォン札の顔としてもおなじみの世宗大王。 その世宗大王の即位600年を記念して、2018年の10月頭から12月頭の期間にかけてソウルの国立博物館併設の劇場ヨン(竜)で本公演が行われました。 出演キャストのリストの中には、「HJ Cultureの社員」と冗談で言われるくらいHJ Culture様のミュージカル御用達な私の推し俳優様の名前も。 というわけで、短い公演期間の中で4回観ることができたのでその感想を書きたいと思います。 私の観劇日程とキャストのみなさまは下記の通りでした。

  1. [2018.10.13 マチネ]
     世宗(セジョン):パク・ユドクさん
     太宗(テジョン):コ・ヨンビンさん
     チョン・ヘウン:キム・ギョンスさん
     昭憲王后(ソホンワンフ):パク・ソヨンさん
     譲寧(ヤンニョン)/ 蒋英実(チャン・ヨンシル):チェ・ソンウクさん
     雲剣(ウンゴム):キム・スワンさん
  2. [2018.10.20 マチネ]
     世宗(セジョン):チョン・サンユンさん
     太宗(テジョン):コ・ヨンビンさん
     チョン・ヘウン:パク・ハングンさん
     昭憲王后(ソホンワンフ):パク・ソヨンさん
     譲寧(ヤンニョン)/ 蒋英実(チャン・ヨンシル)パク・ジョンウォンさん
     雲剣(ウンゴム):キム・スワンさん
  3. [2018.10.21 ソワレ]
     世宗(セジョン):パク・ユドクさん
     太宗(テジョン):コ・ヨンビンさん
     チョン・ヘウン:キム・ギョンスさん
     昭憲王后(ソホンワンフ)キム・ボギョンさん
     譲寧(ヤンニョン)/ 蒋英実(チャン・ヨンシル):ファン・ミンスさん
     雲剣(ウンゴム):キム・スワンさん
  4. [2018.12.1 ソワレ]
     世宗(セジョン):パク・ユドクさん
     太宗(テジョン):コ・ヨンビンさん
     チョン・ヘウン:キム・ギョンスさん
     昭憲王后(ソホンワンフ):パク・ソヨンさん
     譲寧(ヤンニョン)/ 蒋英実(チャン・ヨンシル)パク・ジョンウォンさん
     雲剣(ウンゴム):イ・ジソクさん
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 チョン・ヘウンだけ漢字が当てられていないのは彼が架空の人物だからです。1 雲剣は王を護衛する儀仗兵がつけていた大きな刀のことなので、名前ではなく王の護衛をそう呼んでいたのかもしれません。 イ・ジュニョクさんのチョン・ヘウンとナム・ギョンジュさんの太宗だけ観れず…。 特にジュニョクさんのヘウンはかなり観たかったので、再演があって出演されていれば是非観たいです。

あらすじ

 まずはインタパークに掲載されているあらすじをご紹介します。

1418年、朝鮮王の太宗(テジョン)は放蕩な生活を続ける長男の譲寧(ヤンニョン)から世子(王太子)の資格を剥奪し、本ばかり読んで過ごしていた忠寧(チュンニョン)に与える。流されるがまま王の位を譲り受けた忠寧。だが太宗は、忠寧の後ろで大臣たちを操り、政治に関与し続けた。 日ごろから外戚勢力の強まりを警戒していた太宗は、忠寧の義父である沈温(シム・オン)に従う輩が増えていることに気付く。そして沈温は陰謀に巻き込まれ、死に追いやられてしまう。 自分が無能なせいで義父が無念の死を遂げたと自らを責める忠寧。妻までもが罪人の娘として廃位の危機にさらされると、彼は自分の政治を行うため父に立ち向かうことを決断する。父の手を逃れ、王の座を守り抜いた忠寧だが、その行く手には数多くの障害が立ちはだかり…。

(以下、ネタバレが多く含まれるのでご注意ください)

全体的な感想

 素晴らしい音楽に豪華な衣装とセット、太宗王が辣腕を振るった李氏朝鮮の黎明期から世宗王の即位から晩年までを駆け抜ける物語は韓国創作ミュージカルの大劇場作品の意欲作。主要キャストの歌唱力、演技力はもちろん、見ごたえのある殺陣や群舞も記憶に残る、韓国ミュージカル界のアンサンブル層の厚さも実感する作品というのが全体的な私の『1446』の印象です。

 とにかく音楽がめちゃくちゃかっこいい。『1446』は公演がオープンしてプレスコールが行われる前に制作発表会も実施されましたが、その制作発表会で披露された楽曲の歌唱動画を見ているだけおのずと上がっていく期待値。製作発表会で披露されなかった楽曲も含めて、ドラマティックで情緒的、どこか哀愁も感じる楽曲が多くて私の好みにドストライクでした。

 特に好きな楽曲は「毒気」(독기)。ある意味チョン・ヘウンのテーマ曲と言えるこの曲は彼の登場場面を中心に何回か登場しますが、どの場面も物語的に盛り上がる部分なのもお気に入りの理由の一つかもしれません。特に二幕後半のアンサンブル、雲剣とヘウンの殺陣の場面がめちゃくちゃかっこいい。雲剣は王の護衛で一幕から素晴らしい大立ち回りを見せてくれていたので物語の後半にもそのような見せ場が用意されていることにそこまで驚きはなかったのですが、晩年に入ったヘウンの鋭い剣捌きを見れるとは全く予想していなかったので、うれしいサプライズでした。

 ラストで出演者全員が登場して披露される「あなたの道に従わん」(그대의 길을 따르리)も好きです。悩み、苦しみながらもその生涯にわたって民のために奔走しつづけた世宗の功績が時代を超えていく様が感じられる、この作品のラストにふさわしい希望を感じるナンバー。世宗が書いたとされる『訓民正音』の序文がアンサンブルのメンバーが唱和する部分の歌詞になっているのも粋。


製作発表会より「毒気」 / イ・ジュニョク、パク・ハングン、キム・ギョンス(歌唱順)
「あなたの道に従わん」/ 全キャスト
 

朝鮮の歴史とミュージカル『1446』

 実は歴史モノが好きな私。 『1446』の舞台となる太宗王、世宗王の治世の時代について少し調べてバックストーリーを妄想して楽しんだりもしていました。 ミュージカル『1446』は史実をベースにしたミュージカルですが、あくまで史実を元にしたフィクションなのでその物語の流れには記録されている朝鮮の歴史と異なる部分もあります。

 例えば、蒋英実。劇中にも登場する緯度計測器である簡儀やその他多数の観測器、計測器を発明したのは歴史通りですが、自分で製作した簡儀を自ら燃やし、その咎を受けて処刑されたというのはミュージカル独自のエピソードです。歴史の記録上蒋英実は1442年に王命によって製作した輿が破損したことの責任を問われて杖刑と減給処分を受け、この事件を契機に失脚してその後歴史の記録から姿を消してしまうためはっきりとした没年は記録に残っていません。ミュージカルでは世宗の死を看取る昭憲王后も記録されている没年は『訓民正音』が刊行された1446年であり、実際には世宗より前に亡くなっています。

チョン・ヘウンの名前の漢字を考えてみる

 前述の通り、ミュージカル独自の架空の人物であるチョン・ヘウンは李氏朝鮮の前の王朝である高麗王室の血脈に連なる者という設定です。 太宗王の時代から王や他の朝臣の信を得て重用される人物でありながら、朝鮮という国に恨みを持つチョン・ヘウンは忠臣の顔の裏で国家転覆の機会を虎視眈々と狙う人物として描かれています。

 チョン・ヘウンの名前の漢字を考えてみる上でまず調べてみたのは高麗王室の王族の姓。 しかし、高麗王室の姓は「王」(왕, ワン)です。 次に調べてみたのはチョン(전)のハングルを当てる漢字の姓。 「田」、「全」、「銭」がチョン姓の漢字として多いことがわかりました。 当然ながら「王」とは異なる漢字です。 まさか適当に名前をつけたわけじゃないだろうしなんでだろうと不思議に思って調べてみてわかったのは、高麗が滅び、李氏朝鮮の時代に移り変わった際に高麗王族は殺戮され、亡国の王族と同じ「王」姓というだけで殺された人々も多かったという歴史。 そして同様に殺されることを恐れた「王」姓の人々の中で「玉」(옥, オク)姓、「全」姓に改姓した人達がいたということ。 「玉」、「全」姓はハングルや音の響きは「王」姓とはかなり異なりますが、漢字は両方「王」が含まれているのです。 「毒気」前後の台詞、歌詞でキーワードになっている「朝鮮の空」、「高麗の空」という言葉と高麗が飲み込まれた「海」。 名前の部分については単なる私の好みが反映されている部分もありますが、チョン・ヘウンの名前の漢字は「全海雲」、本名「王海雲」というのが私が考えてみた結論です。

チョン・ヘウンと蒋英実という人物の対比

 劇中、蒋英実は低い身分のために明への留学を世宗の側近達に反対されるエピソードがあります。 蒋英実が世宗に見出されるまでの身分は奴婢。しかし、蒋英実の父親は元々高麗王朝の高官でした。 つまり、蒋英実とその両親は高麗王朝が斃れた後、高麗王室にの側仕えしていたことを理由に身分を落とされたということになります。 朝鮮によって身分を落とされながらも朝鮮と世宗のために力を尽くした蒋英実。 朝鮮の政治の中枢に留まり続けながらもその正体を秘匿し、世宗を陥れ、朝鮮を滅ぼす機会をずっとうかがっていたチョン・ヘウン。 同じように朝鮮という国に大きく運命を変えられながらも、対照的な人生を送った蒋英実とチョン・ヘウン。 そんな二人の背景を知っていると、簡儀を燃やした罪によって捕らえられた蒋英実の真意をチョン・ヘウンが問い詰めるときの会話、「私の朝鮮」「お前の朝鮮」という言葉に込められた想いにも思考を巡らせずにはいられません。

登場人物とキャストの印象

 ここからは各登場人物と俳優さんの役作りの印象について書いてみたいと思います。

世宗

 ハングルを創った王様として韓国のみならず世界でも有名な世宗大王の本名は李祹(イ・ド)。忠寧君(チュンニョングン)や忠寧大君(チュンニョンデグン)と呼ばれたり、即位してからは基本的に臣下たちには殿下(전하, ジョナ)と呼ばれるので、誰のことを話しているのかを追うのだけでも結構大変。歴史に残る偉大な王として現代の韓国のみなさまにも親しまれている世宗ですが、ミュージカルの中では何でもすぐに解決してしまう超人ではなく、悩み、苦しみ、迷いを抱える一人の人間の姿として描かれています。

 パク・ユドクさんの世宗は、一幕の青年時代のひたむきな一生懸命さがなんだか見ていて応援してあげたくなるような、悩み傷つく姿が「抱きしめてあげたい!」と思わず思ってしまうような世宗でした。自分が実現したい理想に向かうための発言をことごとく旧臣たちに反対されて、ままならない現状に大きく頬を膨らませてから息を吐いて所在無さげにちょっといじけているようにも感じる表情がなんというか、すごくかわいい。抱きしめてあげたい(二回目)。二幕に入ってからの王権が安定してからの世宗は穏やかで鷹揚とした雰囲気ですが、晩年に入って昭憲王后にその弱さを見せる場面ではその青年時代に戻ったようでもあり。特にユドクさんの千秋楽で素晴らしかった王命を下す時の迫力とオーラとのギャップが印象的な世宗大王でした。ユドクさんのよく響く朗々とした歌声、すごく好きです。

 同じく世宗役のチョン・サンユンさん。サンユンさんを初めて舞台で拝見したのはミュージカル『風と共に去りぬ』でスカーレットの初恋の君のアシュリー役だったのですが、その後悪い役やらエロい役やらその両方な感じの役ばっかりでサンユンさんを観ていた影響で、「サンユンさんが聖人君子の役...?」「いや、絶対裏で悪いこと企んでいる王様でしょ」なーんて考えてしまい、最初はかなり戸惑いが大きかったのですが(←)そこはやっぱり演技の巧いサンユンさん。優しいけど気弱で内向的だった青年が苦労しながらも民のために変わっていく姿に気がついたらどんどん引き込まれている自分がいました。サンユンさんの世宗のイメージは苦労人。なので、二幕ラストで世宗が昭憲王后に看取られて静かに息を引き取り、蒋英実の呼びかけで自分が想いを込めて時間をかけて創ったハングルが民に広がっている様子を見て、とってもいい笑顔で涙を流す姿には貰い泣きしてしまいました。

昭憲王后

 王族の一夫人として生涯を過ごすはずが、世宗の即位とともに王后になった昭憲王后。あらすじにもある通り、彼女は陰謀によって一族がほぼ根絶やしにされ、自身も廃位の危機にさらされた悲劇の王后でもあります。聖君と称えられている夫の世宗とともに李氏朝鮮時代に宮中の女官たちを最もうまく纏め上げた指導者として歴史に名前を残している青松沈氏(昭憲王后)。世宗と沈氏の間には8男2女、なんと10人の子供が生まれています。沈氏が廃位を免れたのは世宗の懇願があったことと、彼女が世宗との間にたくさんの子を成したことが評価されてのこと。歴史の記録上でも世宗と沈氏はその最期まで良好な関係を保っていたと記録されているように、劇中でも世宗と昭憲王后は仲睦まじい夫婦として描かれています。

 ソヨンさんの昭憲王后は優しそうな雰囲気に声楽の人だと感じるソプラノの歌声が印象的。柳のような風情を感じる昭憲王后です。ボギョンさんといえばやっぱりアニメのキャラクターのような可愛らしい声が印象的。小柄な女優さんですが、歌声はとてもパワフルな昭憲王后です。

 登場人物の多い時代劇の作品なので仕方ないのかもしれないですが、「主人公を影から献身的に支える耐え忍ぶヒロイン」のイメージが強い昭憲王后のキャラクターは少し面白味に欠ける気もするので、彼女が危うく廃位される目に遭いながらも世宗に寄り添う決意をしたのかについて、もう少し劇中で掘り下げて欲しい気もします。

太宗

 朝鮮王朝二代目の王にして忠寧と譲寧の父親である太宗の本名は李芳遠(イ・バンウォン)。李氏朝鮮の始祖は李芳遠の父である太祖、李成桂(イ・ソンゲ)。幼少期から聡く冷静沈着であると評価されていた太宗。父の即位に際しても、在位中にも幾多の功績をあげた李氏朝鮮王朝の黎明期の中心人物の一人でもある太宗は息子の世宗とともに現代においても評価の高い王様です。「私は父上と違って人を生かす王になりたい」という世宗の劇中の台詞からもわかるように、聳え立つ死体の山の頂点に玉座を構えるようなイメージがちらつく太宗は目的のためには手段を選ばない血なまぐさい王として『1446』では描かれています。王権を強くするために自身の兄弟たちや、妻であり忠寧と譲寧の母でもある元敬王后の兄弟などの外戚たちを次々と殺していった太宗。掲げる理想のために刃を振るい続ける太宗は『1446』の一幕前半の主役と言ってもいいくらいの存在感です。

 そんな太宗役はナム・ギョンジュさんとコ・ヨンビンさんのダブルキャスト。私は観劇の枠の都合上ヨンビンさんの太宗しか観ることがかなわなかったのですが、このヨンビンさんの太宗王がめちゃくちゃかっこよくて素敵だったので大満足です。長身で肩幅もがっしりしているヨンビンさんは王の装束が本当にお似合い。長い袖をバサッと音を立てて翻しながら堂々とした力強い足取りで歩く姿に惚れ惚れしちゃいます。低く深く響く歌声も太宗のイメージにぴったり。冷酷な王でありながらも息子を想う父としての姿も描かれている太宗。譲寧を廃位した後、「お前は私の力だった。なのになぜ!」と苦しそうに告げる横顔がとても印象に残っています。ヘウンを密かに重用し、外戚の勢力の排斥のために策略を巡らす冷たい表情。初めて自身に逆らった世宗の成長を喜ぶかのような太い笑い声。悪名や罪は自分がすべて引き受けるから世宗には聖君になってほしいと言い残しての往生。多面的な人物として描かれている太宗は私にとって『1446』の劇中で一位、二位を争うくらい魅力的なキャラクターです。

 ひとつ気になるのは太宗がヘウンの正体を知っていたのかどうか。その正体を知りながらも世宗が王になるにあたって乗り越えるべき壁としてヘウンを側に置いていたのだとすると、太宗パパかっこよすぎるなと思いますが、世宗だけでなく太宗にまで正体がバレていたとなるとヘウンの立場がなさすぎるし、世宗の懐の深さを印象付ける終盤のエピソードが色々半減してしまうのでさすがにないですかね。  

譲寧 / 蒋英実

 放蕩が過ぎ、世子の位を追われる太宗の長男の譲寧と世宗に見出され、朝鮮の科学技術の発展に大きく貢献した蒋英実という対象的な二人の人物が同じ役者さんによって演じられる『1446』。酒に溺れ、女に溺れて父の期待を裏切ることになる譲寧大君の放蕩の理由は、血の匂いが濃くこびり付いている朝鮮の王座の重荷から逃れるためであったと描かれています。

 トリプルキャストの全員で観れた譲寧大君。チェ・ソンウクさんとファン・ミンスさんの譲寧は父に反発する手段として酒に溺れて女遊びをしているという印象がやや強いですが、パク・ジョンウォンさんの譲寧は素面であっても酔って遊び呆けても正気を保つことができないのだから自分は後者を選ぶ、というどこか病的な雰囲気を感じる譲寧大君でした。どこを見ているのかわからないような焦点の合わない視線に熱に浮かされたような口調の発言もどこか凄味を感じるジョンウォンさんの譲寧。対して、蒋英実の人物造形は全員どこかコミカルな雰囲気を感じます。少し不器用さを感じながらも親しみやすい雰囲気のソンウクさんの蒋英実、戯けながらも胸に秘めた熱い想いを感じるジョンウォンさんの蒋英実に、実直で一生懸命さを感じるミンスさんの蒋英実。

 劇中では晩年の世宗の前に幽霊のような姿で登場する譲寧は実は世宗より長生きしていて、世宗の死後も暗躍していたとか。

雲剣

 世宗が即位する以前から彼の身辺警護にあたっていた雲剣。ソロのナンバーはなく台詞も少ない役ではありますが、前述の通り、見せ場はたくさん用意されています。

 キム・スワンさんはキャスト全体から頭ひとつ分飛び抜けているすらりとした長身が存在感が抜群で舞台に立っているだけで目を引く雲剣。対して、イ・ジソクさんの雲剣は少し小柄ながらもアクロバティックで機敏な動きが印象的です。雲剣の殺陣のシーンはどれも本当にかっこいいのですが、特に好きなのは物語終盤のヘウンの謀反の場面で一人で三人を相手にしても余裕を見せていたヘウンと1対1で対峙するときと、そのヘウンの腕に一太刀浴びせてヘウンの剣を奪った後に二刀流でヘウンの手下たち全員を蹴散らす場面。二振りの剣を携えてヘウンを迎い入れた世宗の部屋に滑り込んでくる場面もかっこいい。

 蒋英実と世宗の出会いの場面にも同席している雲剣ですが、日蝕の日付の予測を外した蒋英実に対して世宗が冗談で死刑を言い渡すときの三人のやりとりも好きです。これには二パターンあって、世宗が言った冗談を真に受けた雲剣が蒋英実に刀を振り下ろそうとするのを慌てて世宗が止めるバージョンと、世宗と雲剣が目で示しあって蒋英実を脅してからかうパターン(笑)真顔で「冗談だ」と言うサンユンさん世宗にも「何真に受けちゃっているの?引くわー」とでも言いたげに雲剣を追い出すユドクさんの世宗にも同様に「普段冗談とか言わないのに、何こんなシャレにならない冗談言ってんの?(こっちこそ)引くわー」という抗議の視線を送るスワンさん雲剣。悪巧みするユドク主上にノリノリにのって剣を鞘に納めてから目をつぶってうずくまる蒋英実の近くにドンと大きな音を立てて下すスワンさん雲剣と宙返り付きの派手なアクションで蒋英実を驚かせるジソクさん雲剣。どっちも笑わせてもらいましたが、好きなのはどっちかというと驚かすパターンのほうかな(笑)

チョン・ヘウン

 劇中の登場人物の中で登場シーンが実は誰よりも早いチョン・ヘウン。ミュージカルの最初は謎の武装集団に何者かが追われている場面からスタートしますが、その追われている人物を演じているのがチョン・ヘウン役の俳優さんなのです。ヘウンが着ている衣装は二幕ラストで謀反を起こしたときの衣装と同じ。青年時代と同様に髭がない顎を見るに、この場面は高麗王族狩りにあって追い詰められたヘウンが辛くもその窮地を逃れる場面なのかもしれません。そんなヘウン役で私が観ることができたのはパク・ハングンさんとキム・ギョンスさん。

 ハングンさんはトリプル・キャスティングされているヘウン役の中で、唯一顔の右側に大きな傷跡のメイクが施されています。優しくて人が良さそうなお顔のハングンさんなので、ヘウンのダークサイドを強調するための傷メイクなのかなと最初は思っていたのですが、あの傷は冒頭の高麗王族狩りの際に受けた傷という設定なのかもしれません。もしこういうメイクについてまで俳優さんのどうするのかを決められるのだとすると、韓国のミュージカル俳優さんに与えられている役作りの裁量は本当に大きいんだなぁとしみじみ思います。傷があっても、とても人好きのする素敵な笑顔のハングンさん。いかにも善良そうな表情で宮廷内の地盤を固めていく一方、裏の顔としてはかなりあからさまに悪そうな表情をするハングンさんのヘウン。悪いというと少し語弊があるかもしれません。自分に踊らされている旧臣たちやそんな臣下たちに振り回される世宗を心底見下して嗤っているように見える表情をかなり前面に押し出してくるのです。人懐っこい笑顔とのギャップがめちゃくちゃ激しいので、心の中で「うわ〜、悪そう〜」と呟きながらニヤニヤしながら見てしまいました。ヒールキャラ萌え(←)

 対するギョンスさんは穏やかで理知的な雰囲気ながらも心の奥底では何を考えているのかが読めず、でもなんとなく「めっちゃ腹黒そう...」という印象を受けるヘウン。品を感じる所作も丁寧なのですが、どこか芝居掛かったそのゆったりとした丁寧さが逆に慇懃無礼にも感じるのです。演じ方を観るたびに結構変えてくるギョンスさんですが、私が観た回のヘウンの雰囲気は大きく分けて二つ。芝居掛かった雰囲気で沸々と内心に滾らせている「恨」の感情を昂らせて発露させるパターンと、少し抑圧された雰囲気を感じる低い声色に言外の想いが滲みでてくるように感じるパターン。個人的な好みで言うと、後者の方が好きです。ギョンスさんが演じるヘウンでついつい注目してしまうのは、照明が落ちて暗くて見づらいときや、俯いて表情が見えにくい時の演技。だいたいが世宗やその他の朝臣たちの視線が及んでいない時なのですが、まるで魔王のような人を見下した表情で音を立てずに笑っていたり、嘲笑と自嘲を堪えるかのように肩を小刻みに震わせていたり。やっぱりギョンスヘウンの腹は真っ黒です。素敵...(←)

 ヘウンはドラマチックな歌い上げナンバーがもしかしたら世宗より多いかもしれないです。さらに韓服の裾を翻しながら華麗な剣捌きを見せてくれる場面まで用意されていて、かなり美味しいところを掻っ攫っていく登場人物。推し俳優様をキャスティングしてくれた制作の方には本当に感謝!

 ミュージカルの終盤で世宗がヘウンの正体を昔から知りながらも側に置いていたことを知り、国の枠を超えて民のために力を尽くす世宗に敗北を感じて世宗に楯突く気概が消失するヘウン。長年ヘウンが生きる糧としていたに違いない「恨」の感情を失くしてしまったのち、彼がどのように身を振ったのかがとても気になります。

まとめ

 悩める王ではあるけど、あくまで聖人君子な世宗のキャラクターにもう一捻り欲しいなぁとか、緊張感溢れる一幕と比べて若干物語の展開が失速したように感じる二幕の前半がもう少しテンポよくならないかなぁとか、不満が全くないわけではないのですが、ミュージカル『1446』は素晴らしく見応えも聞き応えのある新作大劇場ミュージカルだというのが総合的な私の感想。私がこの作品をこれだけ楽しめたのも、提供されていた字幕サービスの力も大きかったと思います。時代劇の作品なので、いつも以上にヒアリング難易度が高い『1446』。サービスを利用した初回の観劇時に字幕でおおよその内容を頭に入れられたのは本当にありがたかったです。この作品に関しての今後は特に何も発表されていないですが、再演があれば是非また観てみたいです。

[2019.7.7 追記]

 2019年のHJ Cultureのミュージカルラインナップにも早速登場したミュージカル『1446』。2019年の韓国ミュージカルフェスティバルでもダイジェスト版の公演が好評だったようで、ソウルでの再演が楽しみです。来日されたキャストのパク・ユドクさん、イ・ジュニョクさん、パク・ジョンウォンさん、ファン・ミンスさんはHJ Cultureと専属契約を結んでいる俳優さんでもあるので、ソウルでの再演にも出演してくれるんじゃないかなぁと期待しています。

 ミュージカル『1446』の再演予定は2019年10月3日から2019年12月1日まで、劇場は初演と同じく国立博物館併設の劇場ヨンにて。今年からHJ Cultureさんの日本公式ブログがオープンしたので、そちらでも情報をチェックしておきたいところです。

ミュージカル 1446 | HJCulture日本公式blog


  1. [2019.07.20 追記] その後、HJ Cultureさんの公式日本語ブログで、チョン・ヘウンの漢字は全該云であることが判明。当たらなかった!残念!