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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『パガニーニ』(파가니니, Paganini) @ Daejeon Culture & Arts Center, Daejeon《2018.12.23》(Part 1)

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 大田芸術の殿堂とHJ Cultureの合同企画として制作されたミュージカルパガニーニ(파가니니, Paganini)。2019年の2月から開始されるソウル公演に先立って、開館15周年記念公演として2018年12月21日から12月25日の5日間の期間限定で公演が大田芸術の殿堂で行われました。気になるHJ Culture様の新作ミュージカルで推し俳優さんも出演。大田芸術の殿堂はソウルから2時間弱。ちょうど日本の三連休に公演期間が重なったのも遠征を後押しし、初めてKTXに乗り、初めて当日券に挑戦していち早くミュージカル『パガニーニ』を観てきました。私が観劇したのは12月23日のマチネとソワレ。両公演ともにキャストは以下のみなさまでした。

 パガニーニ:KoN(イ・イルグン)さん
 ルチオ・アモス :キム・ギョンスさん
 コルレン・ボネール:ソ・スンウォンさん
 アキレ:パク・ギュウォンさん
 シャルロット・ド・ベルニエ:ハ・ヒョンジさん

上記の役名付きのプリンシパルキャスト以外にアンサンブルキャストの俳優さんが男女合わせて10名。

 作品の脚本、作曲と演出はミュージカル『1446』でもタッグを組んだキム・ウネさん(脚本)とキム・ウニョンさん(演出、作曲)の女性二人組。公演が行われた大田芸術の殿堂のアンサンブル・ホールはオケピ席を含めても客席数800未満のコンパクトな劇場。ランニングタイムの公式情報は140分でインターミッションが20分となっていましたが、カーテンコールが終わって劇場を出る頃には開演時間からほぼ3時間ぐらい経っていました。

あらすじ

 今回の公演ではパンフレットの小冊子を無料配布していました。まずはそのパンフレットに掲載されていたシノプシスをざっくり意訳したものを紹介したいと思います。

 1844年、フランスで行われた宗教裁判。 法王が直接事案を検討するほど深刻な事件だった。 原告側の証人として高位聖職者が列をなす中、18歳になったばかりのアキレは一人で彼らに対峙しなければならない。 8年前、みんなに歓迎された天才バイオリニストに起きた事件は一体何だったのか。 パガニーニは死んでも死することのない悲運のヴィルトゥオーソになったのだろうか。 最初で最後の機会となる裁判で、死んだ父親のためのアキレの証言が始まる。

 1836年のパリ。 ヨーロッパ中が愛するパガニーニの名前にちなんだ「カジノ・パガニーニ」の開館を目前にしながらカジノ開業に関する許可が下りていない。 同業者だったコルレンはすべての責任をパガニーニに押し付けるつもりで彼の財産を狙っていたというのに! コルレンが選択した方法は悪魔狩猟人と呼ばれる異端審問官、司祭ルチオ・アモスを訪ねることだった。 一方、歌手になることが夢であるコルレンの婚約者シャルロットは密かにオーディションを受け、パガニーニの天才性と情熱に惚れ込んでみんなを欺いて公演に参加することになり、二人はだんだんと近づく。 数日後、カジノではない純粋な公演場を望むパガニーニの思いどおりに開館祝賀公演は盛大に始まったが、彼のバイオリンは普段と違い、彼に対する人々の視線もどことなく変わっていた。 結局、1本の弦を残して他の弦はすべて切れた状態になってしまう。 パガニーニの選択は永遠に取り返しのつかない結果をもたらしたが...

 うむ。なんというか、私の意訳云々以前に掲載されているあらすじも本当に非常にざっくりしています。

パガニーニを題材にしたファンタジー

 その人並み外れた演奏術から「悪魔に魂を売ってその技巧を手に入れた」と噂された稀代のバイオリニスト、パガニーニ。ウェブで調べてその半生を辿っていくと、彼が多才な音楽家であったとともに「悪魔に魂を売った」という噂さえも積極的に利用した優れた興行師でもあったことや、多数の女性と浮名を流したこと、度を越した秘密主義者で守銭奴だったことが伝わってきます。

 ですが、ミュージカル『パガニーニ』の主人公パガニーニはそんな記録に残っているパガニーニの人物像とはまた違った雰囲気です。劇中でシャルロットがルチオに言う「司祭様、あの人はただ自分の音楽を愛する純粋な芸術家です」という台詞。そのシャルロットの言葉の通り、劇中のパガニーニは少し変わり者で天然タラシではありますが、邪気なく「偉大な芸術家になることが夢だ」と語る屈託のない人物です。

 主人公のニコロ・パガニーニとその息子のアキレ・パガニーニ以外の登場人物はモデルになったと思われる人物はいるものの、架空の人物だと思われる本作。以下は完全に私の想像なのですが、本作のヒロインシャルロットのモデルはパガニーニが駆け落ちしたパガニーニのマネージャの娘で歌手のシャーロット・ワトソン。コルレンのモデルはパガニーニに「カジノ・パガニーニ」への出資を勧めた友人のラッツァロ・レビッツォとパガニーニのイギリス初公演の料金を倍に釣り上げて宣伝した興行主。守銭奴でがめついパガニーニのイメージもコルレンが引き受けているように感じます。ルチオ・アモス司祭は、パガニーニの終生の地となったニースの司教がパガニーニに対して終油の秘蹟1を授けるために派遣した司祭がゆるくモデルとなっているのではないかと思います。ちなみに英語版のウィキペディア先生によると、パガニーニは「早すぎる」として秘蹟を受けることを拒否しており、その1週間後に司祭を召喚して秘蹟を受ける前に亡くなってしまったこと、件の悪魔に魂を売り渡したという噂が原因でカトリック教会から埋葬を拒否されてしまいます。

 舞台設定当時の年齢や時代を超越してどこかデフォルメ化されていると感じる登場人物たち。どこかゴシックホラーのような雰囲気を感じる作品の美術、衣装にメイク。パガニーニが「悪魔に魂を売ったバイオリニスト」と呼ばれたのは周りが勝手にそう騒ぎ立てただけで、本人は「ただ自分の音楽を愛する純粋な芸術家」だったのなら?ミュージカル『パガニーニ』はそんなifを元に空想の翼を広げたパガニーニを題材にした完全フィクション、ファンタジーというのが私の印象です。

 主人公が悪魔的だと批判されること、主人公側と対立する人物に聖職者がいることやゴシックホラーを連想させる雰囲気はどこかミュージカル『エドガー・アラン・ポー』に似ているかもしれません。また、パガニーニとシャルロットの音楽を通した交流はミュージカル『ファントム』のエリックとクリスティーヌのそれに通ずるものがあるようにも感じます。

ミュージカル『パガニーニ』の音楽

 パガニーニ「奇想曲24番」(Caprice No.24) をロック調にアレンジした歌なしの演奏ナンバーから始まる『パガニーニ』。パガニーニ役を演じるバイオリニストのKoNさんは劇中歌うナンバーも何曲かありますが、パガニーニ役の主だった見せ場はバイオリンの演奏。舞台上でバンドメンバーや他の俳優たちの歌声と一緒に超絶技巧を必要とする楽曲を生演奏するスタイルのナンバーが度々挿入されるこの作品はミュージカルと演奏パフォーマンスが融合した少し新しいスタイルのミュージカルと言えるかもしれません。

 無料配布プログラムに書かれていたミュージカルナンバーのリストは下記の通り。

  1. 一人の男の物語 (한 남자의 이야기)
  2. カジノ・パガニーニ (카지노 파가니니)
  3. Dies Irae1
  4. まるでつままれたように (마치 홀린 것처럼)
  5. 疎外された者たちのための歌 (소외된 자들을 위한 노래) 2
  6. パガニーニの演奏 (파가니니 연주)
  7. 悪魔の手 (악마의 손) 3
  8. シャルロットのスピーチ (샬롯의 Speech)
  9. シャルロットのオーディション (샬롯 오디션)
  10. 音楽で咲く (음악으로 피어나)
  11. ついにパガニーニ! (드디어 파가니니!)
  12. 音楽で咲く (음악으로 피어나)
  13. パガニーニの演奏 (파가니니 연주)
  14. 悪魔のバイオリニスト (악마의 바이올리니스트) 4
  15. Intermezzo
  16. か弱く泣く子供 (가냘프게 우는 아이)
  17. ルチオのスピーチ (루치오 Speech)
  18. まるでつままれたように rep. (마치 홀린 것처럼 rep.)
  19. アキレのスピーチ (아킬레 Speech)
  20. 悪魔のスキャンダル (악마의 스캔들) 5
  21. 私は生きたい (난 살고 싶어)
  22. あなたの名前、私の名前 (그대 이름, 나의 이름)
  23. 異なる視線 (다른 시선)
  24. 悪魔のように (악마 처럼) 6
  25. 神の監視者 (신의 감시자) 7
  26. Dies Irae2
  27. 怖くない (두렵지 않아) 8
  28. 悪魔のコンサート (악마의 콘서트)

 同じタイトルのものに番号がついたりつかなかったり、rep.がついたりつかなかったりしていますが、一応プログラムに載っているそのまま書き出しました。誰が歌う楽曲なのかがわかればどれがどの曲なのかもうちょっとはっきりするんですが、残念ながらそこまでの情報はなく。また判明し次第追記したいです。

 おそらく15番からが二幕の曲。全体的にはバイオリンとピアノを主旋律としたゴシックでダークな雰囲気の曲とロック調の楽曲が多かったです。パガニーニの主題によるナンバーも大部分がロック調にアレンジされていてかっこいい。個人的に好きなナンバーは「カジノ・パガニーニDies Irae9「悪魔の手」、そしてラストの「悪魔のコンサート」。特に「悪魔の手」はKoNさん演じるパガニーニのバイオリン演奏をバックにルチオとコルレンが歌い上げるアップテンポのロックナンバーですごくかっこいいです。パガニーニの演奏パフォーマンスとしては物語冒頭にも登場した「奇想曲24番」や「ヴァイオリン協奏曲第2番 第3楽章」(通称「ラ・カンパネラ」)などのパガニーニの楽曲をメドレー形式でロックにアレンジした「悪魔のコンサート」の演奏が圧巻です。

 ルチオとコルレンというかなり癖の強いヒール役二人に比べて、天然で無邪気なパガニーニのキャラクターは若干パンチが弱いかなぁと思わなくもないのですが、パガニーニがその演奏パフォーマンスでカリスマを発揮するのを見ると、「パガニーニパガニーニたる所以はこれなんだなぁ」としみじみ思い、妙に納得してしまうのです。

 舞台上で生演奏を披露するKoNさんはもちろん、オケ(バンド)として参加しているバイオリン奏者の方も素晴らしい腕前!プログラムでお名前を確認してみたところ、チュ・ヒュリさんという方のようです。歴史に名前を残すバイオリニストを主人公に据えた作品だからこそ音楽はかなり重要ですが、『パガニーニ』は音楽の魅力もたっぷり詰まっています。

次回に続く!

 いつもはダラダラと長いレポを分けずに投稿していたのですが、ネタバレ満載のレポに入るまでにこんな長くなってしまったので今回はここでいったん切ります。 次は事前に予習したい人向けの詳しめのあらすじや登場人物と演じているキャストさんの感想などについて書きたいと思います。

 


[2019.4.1 追記]

 ソウル公演で販売されたプログラムを参照する限り、改題されているナンバーが多かったのでそれを一部注記として追記しました。(微妙な改題については全部記載していません)


  1. 終油(しゅうゆ)の秘蹟カトリック教会において、病人の癒しのために、聖なる油を塗り、病人のために祈るという儀式。伝統的には終油の秘蹟を授けることが可能なのは司教、または司祭。

  2. ソウル公演では「酒一杯に」(술 한잔에) に改題。

  3. ソウル公演では「悪魔を見たか」(악마를 보았나니) に改題。

  4. ソウル公演では「パガニーニ!」(파가니니!) に改題。

  5. ソウル公演では「スキャンダル」(스캔들) に改題。

  6. ソウル公演では「魔女の手」(마녀의 손) に改題。

  7. ソウル公演では「私に力を下さいませ」(내게 힘을 주소서) に改題。

  8. ソウル公演ではナンバーとして記載がない。

  9. Dies Iraeは「怒りの日」、「審判の日」という意味のラテン語。レクイエムに使われる「怒りの日」典礼文は以下のような内容。「怒りの日、その日はダビデとシビラの預言のとおり世界が灰燼に帰す日です。審判者があらわれてすべてが厳しく裁かれるときその恐ろしさはどれほどでしょうか。」