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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『風月主』(풍월주) @ Uniplex, Seoul《2018.12.29ソワレ, 2019.1.1マチネ》

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 2018-2019年の年末年始の観劇3演目目、そして2019年の観劇初めは韓国ミュージカル『風月主』(プンウォルジュ、풍월주)をユニプレックスの大劇場で観てきました。過去に来日公演もあったらしい『風月主』ですが、私が観劇するのは今回が初めて。シングルキャストの俳優さん以外はちょうど配役完全入れ替わりで観れる日程で観劇することができました。私の観劇日程とキャストのみなさまは以下の通り、

  1. [2018.12.29 ソワレ](写真のキャスト表・左)
     ヨル:イ・ユルさん
     サダム:ソン・ユドンさん
     真聖女王(チンソンヨワン):キム・ジヒョンさん
     雲長(ウンジャン):チョ・スンチャンさん
     クンゴム:シン・チャンジュさん
     チン夫人キム・ヨンジンさん
     ヨ夫人:キム・ヘミさん
  2. [2019.1.1 マチネ] (写真のキャスト表・右)
     ヨル:ソン・ドゥソプさん
     サダムパク・ジョンウォンさん
     真聖女王:ムン・ジナさん
     雲長:ウォン・ジョンファンさん
     クンゴム:シン・チャンジュさん
     チン夫人キム・ヨンジンさん
     ヨ夫人:キム・ヘミさん

でした。

作品紹介

 まずはplayDBに掲載されたあらすじをざっくり訳したものをご紹介します。

男性妓生が身分の高い女性に喜びを与え、接待をする場所があった。そこが《雲楼》(ウンル)だ。 それぞれの事情を抱いて雲楼に集まった男たち。 彼らを風と月の主人、《風月主》と呼んだ。

雲楼で最も人気の高い風月主の《悦》(ヨル)は血の改革の中心に立った女王《真聖》の絶対的な寵愛を受けているが、彼の心は雲楼の仲間であり長年の友人である《捨担》(サダム)に向かっている。《真聖》は《悦》に権力と天下を約束して入内を命じるが《悦》は《捨担》と離れず、これを知った《真聖》は《捨担》を脅し、二人を引き離そうとする。

手に入れることのできないものを掴もうとしていた《悦》と《捨担》そして《真聖》。彼らは果して誰を、何を選択するのだろうか。

 あらすじでは特に触れられていませんが、『風月主』は新羅朝鮮半島統一国家だった時代を舞台にしたお話。登場人物の一人である真聖女王は実際に在位していた新羅の女王の名前です。女性の地位が比較的高かった新羅。真聖女王はそんな新羅の最後の女王でした。

 「風月主」とは眉目秀麗、文武両道な高貴な身分の青年達を集めた花郎ファラン)の中でも特に優秀な者たちに与えられた称号。しかし、「花郎」という言葉は時代とともに作中のヨルやサダムのような男性妓生を表す言葉に変容していったようです。新羅の時代から見れば後世の「花郎」の設定が取り入れられている『風月主』。完全に余談ですが、実は私自身が朝鮮半島の歴史モノに初めて触れたのが、若かりし頃は花郎徒だった新羅の金庾信(キム・ユシン)将軍1を主人公の相手役に据えた金蓮花さんの少女小説、銀葉亭茶話シリーズの『舞姫打鈴』だったりするのでなんだか少し感慨深いです。

 『風月主』はウェブ漫画としてもメディア展開されているようです。こちらは未見ですが、ミュージカルの物語のバックストーリーを理解したり、物語の世界観をさらに堪能するのによさそう。

 『風月主』は2012年の初演の後、2013-2014年2、2015年に再演されていて、今回は3回目の再演の4演。私が観たキャストではヨル役のユルさんとドゥソプさんのお二人が初演からのキャストで2013-2014年以外の公演はすべて出演、雲長のジョンファンさんが初演以来の久しぶりの出演、真聖女王役のジヒョンさんも再演以来の久しぶりの女王役。そのほかのみなさまは今回初キャスティングされています。

 脚本と作詞はミュージカル『サリエリ』、『狂炎ソナタ』の脚本も手掛けたチョン・ミナさん、作曲はパク・ギホンさん。演出はミュージカル『アルター・ボーイズ』、『ウェルテルの恋』などの演出も担当したク・ソヨンさん。

感想

 時代劇で悲恋モノで、メロウで情緒的な音楽が印象的なミュージカル、ということで「多分好きだろうなぁ」と観る前からなんとなく予感していましたがその予感が的中。頭が痛くなり、鼻が真っ赤になるくらいぐずぐずに泣いて「絶対そうなると思ってた」と友達に言われた私。でも目と鼻を真っ赤にして泣いているの私だけじゃないですからね。多分2回目の観劇のときだったと思いますが、隣のお姉様も最初からハンカチを膝にスタンバイさせているリピート観劇の方と思われ。劇中涙を拭いながら鼻水をすするタイミングがあまりにシンクロするものだから、観劇が終わった後にお互い顔を見合わせて言葉もなく、「よかったですよね、めっちゃ泣けましたよね」という視線とちょっと照れ臭い笑顔を交わしましたもの。


2018年 ミュージカル『風月主』公演スポット動画
 

 物語の設定は色々と違いますが、孤独な王が報われない一方通行の恋心を抱いて、その王に運命を大きく左右されてしまう二人が想い合っているという物語が私が大好きな韓国創作ミュージカルの『アランガ』に少し似ているなとも思ったり。(制作順で言うと『アランガ』の方が後ですが)権力の前では風前の灯のようなヨルとサダムの悲恋も切ないですが、ヨルに縋る女王の深すぎる孤独と絶望もヒリヒリとして痛くて。三人とも「籠の中の鳥」なのですよね。

 たくさん好きなナンバーはありますが、登場人物たちの想いが交錯する「前日」(앞날)のナンバーのメロディはそれぞれの感情を掻き立てるように響いて好きです。女王がサダムにお前が邪魔だと言い放つ「私がいなければ、お前がいなければ」(내가 아니면, 네가 아니면)とか、ヨルとサダムがお互いを思いながら歌う「君につながる道」(너에게 가는 길)3もすごく切なくて好き。なんだか暗めのナンバーばっかりですが。


2018年 ミュージカル『風月主』リーディング ハイライト動画
5:41ぐらいからが「前日」、9:35ぐらいからが「君につながる道」

 

 今回同じ役で観た主演三人の俳優さん達がお互いに結構対照的な役作りをしていながらもそれぞれによかったのも印象的でした。

(以下、ネタバレが多く含まれるのでご注意下さい。)

 まず、ヨル役のユルさんとドゥソプさんのお二人。ユルさんのヨルは少し遊び人の要素も感じるとても艶やかなヨルでサダムへの愛情もかなりストレートでわかりやすい。今回観たヨル、サダムの中では一番自分の運命と未来に悲観的ではなく、現状を打破して幸せを掴み取ろうとする気概を感じるヨルでした。だからこそ、サダムを喪ってからの崩れ方、茫然自失となって、サダムのいない人生が無意味だと心の底から思っている様子が大きくて印象に残るユルさんのヨル。一方、ドゥソプさんのヨルは手を伸ばしたら霞のように消えてしまいそうな儚さを感じる美しい人、というイメージ。女王の寵愛を受ける雲楼の一番人気であっても、いつ消え飛ぶかしれない自分の命の扱いの「軽さ」を十分すぎるほど自覚していて、それに対するある種の諦観を感じるヨルです。見守るようにさりげない優しさでそっとサダムを慈しむドゥソプさんのヨル。そんな自分を唯一この世に繋ぎ止めてくれる存在だったサダムを喪い、生きる気力を失い、死に安息と希望を感じているようにすら感じるドゥソプさんのヨル。

 ユドンさんのサダムは大げさな演技は一切しないのに、その行動の端々にどれだけ自分が取るに足らない存在だと自身で思っているか、ヨルのことは大好きだけど自分には過ぎた存在だと考えているかが伝わってくるのがめちゃくちゃ切ないサダムでした。なんというか謙虚を通り越して卑屈なんですよね、ユドンさんのサダムは。女王に「お前がいなければ、お前が死ねばヨルは王の男だ」と言われて、自分が死ぬことによってヨルが彼にふさわしい地位に就けるかもしれないと思い、それに救いを見出しているようにさえ感じるユドンさんのサダム。こんなサダムをヨルがほっとけない気持ちがすごくわかる気がします。ジョンウォンさんのサダムはあどけない幼さを感じるサダム。一見幼くて無邪気に感じるのだけど、自分が力を持つ人たちの気紛れで明日死ぬ運命かもしれないということを骨身に沁みて理解しているようにも感じるサダムで、これまた切ない。ヨルだけではなく、息が詰まる籠の中での生活を共にする仲間たちのことを想い、わざと屈託無く明るく振舞っているように感じる健気さを感じるサダムでした。幼そうに見える笑顔の裏に透けて見える憂いと諦めのようなものがとても切なく、ユドンさんのサダムとは別の意味で庇護欲を掻き立てる雰囲気でした。

 ジヒョンさんの女王様は底冷えするような王者としての孤独が見ていて胸が詰まる女王様。ヨルの子を懐妊したことを知り、束の間の喜びに舞い上がるもヨルの冷めた視線を一瞬で感じ取り、絶望に打ち拉がれながらもそれを見せまいと居丈高に振る舞う彼女は見ていて痛ましくてしょうがありません。ヨルに固執するあまりにサダムを亡き者にすることに悦びさえ感じているような狂気を感じる妖艶な笑みも痛々しくて。ジナさんの女王様は恋をする女性の可愛らしさと柔らかさを感じる一方で、絶対的な権力者ならではの下々の者を殺すことをなんとも思っていないような傲慢で冷酷な女王としての彼女との対比がとても印象に残りました。ジヒョンさんの女王は最初からヨルが手に入らないということを心の片隅ではわかっていながらもそれを認めたくなくてどんな手段を使ってでも追い縋るという雰囲気だったので、ヨルが自分が差し出した刀に自ら吸い込まれるように亡くなって、認めたくなかった事実をとうとう認めざるを得ない絶望を感じているように感じましたが、ジナさんの女王はヨルが自分の腕の中で事切れた時に自分が手に入れようとしたのはどう足掻いても手に入らない男だったということを初めて本当の意味で理解したような気がします。

 主演の三人もさることながら、雲楼でヨルとサダムと生活を共にする雲長とクンゴムも泣かせてくれるいい演技をするのですよね。雲長は自分の立場を弁えながらも、心の底から女王の幸せを祈っているように感じられるのがジンジンするし、一見お調子者のクンゴムもわざと道化役を買って出ていて雲楼に出入りする高貴な女性客たちと他の妓生たちの緩衝材になるように振舞っているように感じるのがいじらしい。高貴な方々の歓心を買うために競い合うのではなく、身を寄せ合いながら、お互いを助け合い、情を交わしながら彼らが暮らしてきたのだなと感じられる言動の端々が泣けます。

 『風月主』を観れるのは後もう1回。締めはドゥソプさんのヨル、ユドンさんのサダムとジヒョンさんの組み合わせですが、消えてしまいそうな儚さを感じるヨルとサダムの組み合わせに絶望を抱える女王様が加わったらどのような化学反応を見せてくれるのか今からとても楽しみです。


  1. 新羅による朝鮮半島統一の立役者として歴史に名を残している将軍

  2. このタイミングに来日公演があったようです。

  3. 너에게 가는 길は直訳すると「君に行く道」