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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『アランガ』(아랑가) @ TOM Theatre, Seoul《2019.2.16マチネ, 2019.2.17マチネ》

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 高句麗百済新羅の三つの国が半島を割拠していた三国時代を舞台にしている韓国創作ミュージカル『アランガ』(아랑가)。2016年に初の商業公演を迎えた本作は、その年のイェグリン賞1でカン・ピルソクさんの主演男優賞をはじめ、様々な賞を受賞したことで話題になりました。『アランガ』は私が初めてどっぷりハマった韓国創作ミュージカルでもあり。2016年の初演の際は、たくさんの方々が『フランケンシュタイン』が上演されている忠武アートセンターの大劇場に吸い込まれていく中、同じ建物の地下の円形劇場に12回も通ったのでした。これぞ回転ドア観客2

 そんな大好きなミュージカル『アランガ』が3年ぶりに演出も新たについに再演される!ということで私のアランガ祭りが始まりました。まずは今回新たに公演に参加したキャストのみなさまを中心に2回観劇してきました。私が観た日時とキャストのみなさまは下記の通り。

  1. [2019.2.16 マチネ]
     蓋鹵(ケロ):パク・ハングンさん
     阿娘(アラン):パク・ランジュさん
     都彌(トミ):キム・ジチョルさん
     道琳(トリム):キム・テハンさん
     サハン:イム・ギュヒョンさん
     導唱(ドチャン):チョン・ジヘさん
  2. [2019.2.17 マチネ]
     蓋鹵:パク・ユドクさん
     阿娘:チェ・ヨヌさん
     都彌:アン・ジェヨンさん
     道琳:イ・ジョンヨルさん
     サハン:ユ・ドンフンさん
     導唱:パク・イネさん

 何しろ初演があまりにも好きすぎたので、新しい演出が受け入れらなかったらどうしようと不安に思う気持ちもあって、実際に初回はあれこれと初演と比べてしまった部分もあったのですが、2回再演を観劇した後はやっぱり『アランガ』の音楽がずっと頭の中を流れ続ける事態に。やっぱり好き好き大好き!祭りの開始じゃ!という妙なテンションで書いていますので、ご注意ください。(←)

作品紹介

 まずは『アランガ』をご覧になったことがない方に向けて少し作品の紹介を。冒頭で書いた通り、『アランガ』は朝鮮半島三国時代の物語で、三国の中でも百済3の物語です。都彌という男とその妻、そして王が登場する『都彌説話』(도미설화)を下敷き脚本が製作されている『アランガ』。原作になったこの物語とミュージカルの関係については、初演の際にブログ記事を書いていますので興味のある方は是非読んでみてください。

 『アランガ』のもう一つの大きな特徴は韓国の伝統芸能であるパンソリを取り入れた作品であること。少し演出の部分で初演と再演で異なる部分がありますが、こちらについても初演の際にブログ記事を書いていますので、併せて読んでいただけると『アランガ』がどんな雰囲気のミュージカルなのかが少し見えてくるのではないかと思います。

[2019.2.24追記]
 初演の際に作った全曲リストと楽曲紹介をもとに再演版の楽曲紹介を作成しました。ネタバレOKで『アランガ』の物語の流れを知りたい方はこちらをどうぞ。

登場人物紹介

蓋鹵

 「呪われた太子」と呼ばれ、幼少期より毎晩悪夢に苛まれる百済の王

都彌

 宮中に高句麗の間者がいるという情報を掴み、国の行く末を憂う百済の将軍で蓋鹵の忠臣

阿娘

 蓋鹵の夢に現れる女性と瓜二つの姿をしている都彌の妻

道琳

 都彌と対立する蓋鹵の側近を務める国師の僧侶

サハン

 母と共に自分を救ってくれ、一緒に住まわせてくれている都彌と阿娘に恩義を感じている吃音の少年

導唱

 様々な役を演じながらパンソリで物語を伝える狂言回し

 おかしいな、お祭り気分が暴発して作品紹介部分が「少し」じゃなくなってしまった気がするぞ。(←)

感想

(以下、ネタバレだらけになりますのでご注意ください。観劇予定の方はできたら観劇後に読んでいただきたい!)

再演での変更点についての感想

 すでに書きましたが、初回の観劇は初演との変化点を追いながら観ていました。初演では大道具は一切なし、小道具も白い紙扇子のみと限りなく演出の仕掛けがミニマム化されていた『アランガ』。その中でも白い紙扇子を色々なものに見立てた演出が私はかなり好きだったので、その演出が再演では一部しか残っていなかったのは正直残念な気持ちがあります。その代わりに再演で追加された都彌の剣、サハンの短刀、紙の船などの小道具。これらの小道具により物語がわかりやすくなり、ビジュアル的にも少し華やかになったように思います。

 特に都彌将軍の剣とその剣を使った演舞がとても素敵!ジェヨンさんもジチョルさんも剣を鞘に納める時の所作がうっとりするくらい綺麗でかっこいい。都彌は衣装もかっこよくなりましたね。上着が鎧風になって、帯剣しているのでより武人らしくなって好きです。

 初演ではかなり序盤であっさりとその正体が明らかになっていた道琳。再演では不穏な空気は感じさせつつも終盤になってからその正体が明かされるように変更されていました。再演の1回目の時点で『アランガ』を観るのが13回目な私にとって、道琳の正体は今更な事実なのでこれは今回初めて『アランガ』を観た人がどう思ったのかを聞いてみたいですね。阿娘が都彌の妻だと知ってショックを受けている蓋鹵に「もともといなかった女人です。お忘れください」と慰める再演の道琳も好きだし、長寿王4から直々に密命を受けたことを思い出す初演の道琳のエピソードもどちらも好きなので、どちらがいいとも言い難い。

 都彌と阿娘の夫妻に関して特に印象に残った演出変更は夫婦の台詞が入れ替わっている部分が多いこと。「私たち行きましょう(Part A)」(우리 가요) の前の二人のやりとりは初演では夫が国境に行くことを不安を感じている阿娘を都彌が励ますような内容でしたが、再演では都彌の国境行きはまだ決まっていない時点で歌われるこの曲。「蒲公英の綿毛になって風に飛ばされて消えてしまう夢を見た」というのは阿娘ではなく都彌。傾いていく国の行く末に言葉にできない不安を感じている夫の様子を感じ取った阿娘が自分たちはいつだって一緒だからと大丈夫とそれとなく都彌を励ます内容に変わっていました。この変更は夫婦の絆の強さをより強く感じられてとても好きです。

 再演で追加された新曲「闇の中の光」(어둠 속의 빛) は実際に都彌の国境行きが決まった直後に歌われるナンバー。ここでも夫婦のやり取りは二人の仲の盤石さが感じられる前向きで明るいもので。そんな二人の様子と裏腹に漠然と場を支配している不穏な空気が感じられるメロウな曲調がすごく好きです。蓋鹵が「光の中の闇」(빛 속의 어둠)と歌うのに対して、夫婦が二人で「闇の中の光」と歌う対比もいい...。

 蓋鹵に二人が引き裂かれたのち、二人が再び会うことができたのかについては再演では解釈の幅が持てるような演出になっていたのも印象的。初演では間違いなく二人は再会していると思える演出でしたが、今回の演出では、都彌は阿娘との約束通り歌声になって阿娘の側に共に在るということなのかな、と私は感じました。なので、「赤い花 川の水について散る」(붉은 꽃 강물 따라 지네) のナンバーのとき、初演とは違って都彌は一言も声を発さずに阿娘の隣で寄り添っている。初演の夫婦が涙でぐちゃぐちゃになりながら手を取り合って再会を喜ぶ姿もすごく好きでしたが、夫婦の精神的なつながりの強さを感じる再演の演出もかなり好きです。

 他にも色々と再演の変更点で好きな所や気になる所はあるのですが、まだまだこれからも観る予定なので、今回はこれくらいで。

キャスト別の感想

 ハングンさんの蓋鹵は自分では抱えきれない重荷に神経を擦り減らしている中、夢の中で自分を励ましてくれた歌を唯一の心の拠り所にしていたと感じる様子が印象的な蓋鹵王でした。今回の再演で一つのキーワードになっている

한번도 사랑에 빠져보지 않은 자만이 나를 책할 수 있으리
一度も恋に落ちたことが無い者だけが私を責めることができる

という台詞。最初は都彌、次に導唱、最後に蓋鹵が口にするこの台詞をハングンさんの蓋鹵王が言うとき、ハングンさんの蓋鹵王はすでにその思いが見境のない執着に変わりつつあり、後戻りできないような状態になっているように感じました。対して、ユドクさんの蓋鹵王はこの台詞を口にするときにはまだ迷いがあり、その気持ちに対して言い訳をするようにこのように言うような印象があります。ハングンさんの蓋鹵王より、初恋のように純粋な思慕の感情が強く感じられるユドクさんの蓋鹵王。捨てられた子犬のようと申しましょうか、『1446』の時にも全く同じことを書いたような気がしますが、ユドクさんは何というか抱きしめてあげたくなってしまう何かをお持ちだと思います。(←)そしてやっぱりユドクさんの歌声が好き!

 ランジュさんの阿娘はとても穏やかでおっとりした雰囲気ながらも歌声がかなりパワフル。実際に生で観てみて、写真や動画で受けていた落ち着いた雰囲気の印象よりだいぶ可愛らしい方だなと思いました。初演から大好きだったヨヌさんの阿娘。再演でもやっぱり大好き!!歌はもちろん、演技が素晴らしすぎる。「どうして泣かずにいられるのか」(어찌 울지 않을 수 있는가) の幼き日の阿娘と蓋鹵の出会いの回想の場面から一瞬のうちに歌声だけで今の阿娘に戻ったとはっきり感じられた瞬間、ちょっと鳥肌が立ちました。ヨヌさんが歌う「月が沈んだ」(달이 진다) がたまらなく好きです。あれだけ泣いても美しいヨヌさんはやっぱり女神様…。

 私の初日のキャストで一番好きだったのがジチョルさんの都彌将軍。柳のようなしなやかさを感じる柔らかい雰囲気の裏に熱い思い感じる将軍様でした。百済の太陽」(백제의 태양) の冒頭でみるみるうちに両目が涙で潤んでいき、それがポロポロとこぼれ落ちた瞬間、私の心の中でも何かが落ちました。(←)この場面でまさかこんなに泣いてくれると思っていなかったので、余計に…。『アランガ』のリーディング公演に同役で参加していて、その時の様子が残された動画がとても好きだったのでキャスティングが発表された時点でかなり期待していたジェヨンさんの都彌。『オーディナリー・デイズ』のジェイスン役に引き続き、ジェヨンさんの都彌将軍は素敵すぎて萌え禿げれるレベルでした。(←)優美で柔らかい雰囲気のジチョルさんの都彌とはまた違い、男らしく精悍な雰囲気のジェヨンさんの都彌ですが、阿娘を呼ぶ声のなんと甘いこと。歌声も曲によって甘くなったり硬質ないい声になったり。そしてジェヨンさんも「百済の太陽」で泣いてくれるんですよね。国境の惨状に対する衝撃が隠せず、涙が次々と零れ落ちてくるジチョルさんの都彌に対して、表情はあくまで現状を鋭い視線で見据えようとする将軍のままで両目から一筋ずつ涙を流すジェヨンさんの都彌。どちらも素敵!

 道琳役のお二人は共に初演からキャスティングされているテハンさんとジョンヨルさん。お二人とも初演の頃から変わらず素敵!テハンさんは身のこなしのキレが素晴らしいので、「サハンの死」(사한의 죽음) の演舞の動きがすごく綺麗!初演では基本的に糸カーテンの奥で演技をしていたのであまりよく見えなかった動きが再演では前に出てきて演技するようになったので、より鮮明に見えるようになって良かったです。大好きなジョンヨルぱぱ。ジョンヨルさん、声良すぎじゃないですかね。深く低く響く大好きなジョンヨルさんの声。ただ一言、蓋鹵に「はい」(예) と発生する声すらもいい声すぎてうっとりです。今回の再演は蓋鹵役も都彌役も音域としてはテノールの俳優さんばかりなので、ジョンヨルさんの低めのバリトンが入ると合唱部分のバランスがとてもいいなと思っていただけに、ジョンヨルさんの『アランガ』早抜けは寂しすぎます。いや単純にぱぱが大好きだから早抜けが寂しいんですけど。とはいいつつも、短いジョンヨルさんの出演期間の中、滑り込みでジョンヨルさんの道琳を観ることができて良かったです。

 サハン役のギュヒョンさんとドンフンさんは二人とも『アランガ』の出演は今回が初めて。ギュヒョンくんのサハンは真面目でちょっと融通が利かない不器用さが愛おしいサハン。ドンフンくんのサハンは元気いっぱいで天真爛漫な明るさが愛くるしいサハン。二人ともとても可愛かったです。私、サハンが歌う「忘れるな」(잊지 말라) を聞くとパブロフの犬のようにほぼ条件反射的に泣いてしまうのですよね。特にリプライズの

잘 계시오 아씨
元気にお過ごしください、奥方
부디 행복하시오
どうかお幸せに

の自分を顧みることなく夫妻の幸せを願う言葉が切なすぎます…。

 パンソリの狂言回し、導唱役のジヘさんとイネさんのお二人は初演組。イネさんにいたっては初演から参加しているだけではなく、『アランガ』の制作に関わっています。パンソリナンバーがめちゃくちゃかっこいい『アランガ』では欠かせない存在のお二人。キリリとした鋭い視線と力強いソリをこぶしをきかせて歌う導唱の姿には本当に惚れ惚れとしてしまいます。ただでさえよく聞き取れない韓国語がパンソリになると、余計に聴き取れなくなるというのは確かなのですが、上手く説明できない魅力がパンソリの節回しにはあります。お二人の扇さばきも鮮やかで本当にかっこいい!

祭りは続く

 現時点で予定している今後の『アランガ』の観劇予定は3回。多分、後2、3回は追加しそうな気がするので個人的なトータル観劇回数の予想は8回なのですが、さて、どうなることやら。次回は今回観れなかったカン・ピルソクさんの蓋鹵とユン・ソクウォンさんの道琳についての感想を書けたらな、と思っています。


  1. 韓国のその年に上演された韓国オリジナルの創作ミュージカルに与えられるミュージカルアワード。

  2. 同じ作品を何度も観る観客を韓国語ではこう表現するようです。日本でいう所のリピーター。

  3. 日本語読みは「くだら」、韓国語読みは「ペクチェ」(백제)

  4. 高句麗の黄金期を築いた王。韓国語の読みは「チャンジュワン」