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【観劇レポ】ミュージカル『スイート・チャリティー』(Sweet Charity) @ Donmar Warehouse, London《2019.5.2ソワレ》

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 ロンドンのお気に入りの小劇場の一つ、ドンマー・ウェアハウス (Donmar Warehouse) で上演されるというニュースが入ってきた時から「観たい!」と思っていたアンヌ=マリー・ダフ (Anne-Marie Duff) さん主演のミュージカル『スイート・チャリティ』(Sweet Charity) 。映画やテレビドラマにも多数出演している実力派女優さんが演じるチャリティがドンマーの狭い箱で観れて、2012年からドンマー・ウェアハウスの芸術監督を務めているジョージー・ルーク (Josie Rourke) さんが手掛ける最後の作品でもある本プロダクション。そんなわけで連日ソールドアウトが続いていて、半ば観るのを諦めかけていた『スイート・チャリティ』だったのですが、なんとロンドン滞在中にリターンチケットを拾うことができ、念願叶って観劇することができました。私が観劇した回の『スイート・チャリティ』の主要なキャストのみなさまは以下の通り。

 チャリティ: Anne-Marie Duffさん
 チャーリー/オスカー:Arthur Darvillさん
 ニッキー、他:Lizzy Connollyさん
 ヘレネ、他:Debbie Kurupさん
 ハーマン、他:Stephen Kennedyさん
 ヴィトリオ・ヴァイダル、他:Martin Marquezさん
 ダディ・ブルーベック1:Le Gateau Chocolatさん

作品紹介

 ミュージカル『スイート・チャリティ』の初演は1966年のブロードウェイ。1969年にシャーリー・マクレーン (Shirley MacLaine) 主演で映画になっているので、観たことがある方も多いのではないかと思います。2『スイート・チャリティ』の映画にはミュージカル『ウェスト・サイド物語』初演でアニータを演じたチタ・リヴェラ (Chita Rivera) さんも出演。 この映画はミュージカルの演出、振付を手掛けたボブ・フォッシー (Bob Fossie) の映画監督デビュー作品でもあり、『シカゴ』(CHICAGO) をきっかけにフォッシーの作品にハマっていた時期に私もDVDを購入して観たことがありました。

スイート・チャリティ [DVD]

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(以下、ネタバレが含まれるのでご注意ください)

 『スイート・チャリティ』の主人公はニューヨークのファンダンゴ・ボールルームというダンスホールで働くタクシー・ダンサー3のチャリティ・ホープ・ヴァレンタイン。物語の冒頭から付き合っていたボーイフレンドのチャーリーに騙されてハンドバッグを盗られた上にセントラル・パークの池に突き落とされたのにも関わらず、チャリティは何が起きたのかを尋ねるファンダンゴ・ボールルームの同僚のダンサーたちに向かって「何か事情があったに違いない。きっと助けてくれようとしてくれたはず」とチャーリーを擁護。いつまで続けられるかもわからないダンスホールのホステスとして働き続け、何度も何度も好きになった男性に騙されながらも純粋さや愛や人生に対する希望を失わずに生きてきたチャリティ。このミュージカルはそんなチャリティの物語です。

感想

 ドンマー版『スイート・チャリティ』の第一印象は美術、演出がとにかくお洒落だということ。狭い舞台上に設置された回転盆使いとモノトーンをベースにここぞというアイテムに鮮やかなソリッドカラー、ビビッドな蛍光色にキラキラのメタリックカラーを差し色に使った衣装と小道具がとても印象的。その絶妙なバランスでファンダンゴ・ボールのアングラで隠微な雰囲気を舞台上に醸し出しながらも下品にならなくて本当にスタイリッシュ。

 例えば、冒頭の「You Should See Yourself」はチャリティが恋人の(だと彼女が信じている)チャーリーがどれだけ素敵なのかを熱っぽく歌い上げた後に彼に裏切られて池に突き落とされるナンバー。既存のプロダクションの多くではチャリティが突き落とされるセントラル・パークの池としてオーケストラピットが使用されていましたが、ロバート・ジョーンズ (Robert Jones) 氏がデザインを手掛けたドンマー版では池は巨大で透明な円柱の容器に白銀のプラスチックボールを敷き詰めたボールプールで表現され、劇場の二階席の高さに設置されたブランコを漕ぎながらチャリティはこのナンバーを歌います。

(下記)舞台写真が多数掲載されているEvening Standardの記事
(ボールプールとブランコの場面は4枚目の写真)
www.standard.co.uk
 

 というのも、このプロダクションはアンディ・ウォーホル (Andy Warhol) のファクトリーの「銀の時代」(Silver Age) にインスピレーションを得てデザインされたとのこと。この作品の象徴的なダンス・ナンバーである「Rich Man's Frug」(金持ちのフルーグ4) でもカンパニー全体がアンディ・ウォーホルのような銀のウィッグ5をつけて激しく踊る演出になっていて、フォッシー独特のダンススタイルを取り入れながらもよりディスコライクに感じる振り付けに。調べてみると、振付は私でも名前を知っているロイヤル・バレエの振付も務めるウェイン・マクレガー (Wayne McGregor) 氏となんとも豪華。白手袋の女性リードダンサーの手の動きが印象的なフォッシーの振付も相当スタイリッシュでかっこいいですが、こちらもめっちゃかっこよかったです。

 でも、やっぱりこの作品の感想を語る上で外せないのが主演のチャリティを演じたアンヌ=マリー・ダフさんの演技。本当に本当に素晴らしかったです。ちょうどこの作品を観る一年くらい前にナショナル・シアターで上演された『マクベス』(MacBeth) で迫力溢れるマクベス夫人演じていた人と同じ人とはにわかに信じられません。チャーミングでいじらしくて愛さずにはいられないアンヌ=マリーさんのチャリティ。一生懸命に健気に生きる彼女を待ち受けているあまりにも残酷な仕打ち。特に映画を見て結末を知っているだけに、チャリティがオスカーからのプロポーズに全身全霊で "Somebody loves me at last!"(私を愛してくれる人がやっと現れたわ!)と喜んでいるのが本当に切なくて。この喜びようは「I'm A Brass Band」というそのタイトルの通りのブラスバンドの賑やかなナンバーで表現されていて、ナンバーの演出が派手で華やかなほど積み上がっていく切なさ。ファンダンゴ・ボールルームのみんなからも全力で幸せを願われて送り出されたのに、色んな課題を乗り越えてやっと出会えた運命の人だと思ったのに、土壇場になって「他の男たちのことを考えずにはいられない」からチャリティとは結婚できない、「君を不幸にするから結婚できない」「僕は僕から君を救ってあげているんだ」と言い捨ててチャーリーと同じようにチャリティを池に突き落として逃げていったオスカー。どんなことがあっても決して希望を見失わなかったチャリティの心が初めて折れそうになる姿は本当に見ていられなくて。

 ブロードウェイ初演にはなかった「There's Gotta Be Something Better Than This」のリプライズで締めくくられるルーク版『スイート・チャリティ』。チャリティの顔にだけライトだけが当たり、アカペラでチャリティが涙に震える声で気丈に最後のラインを歌った直後に暗転して終わるラスト。小さなことに幸せやどんな人にも美点を見出す純粋さを失わない強さを持ちながらも自己肯定感の低さから「幸せ」になるために異性からの「愛」を必要としたチャリティ。「どうか、幸せになって」と泣きながら願わずにいられない愚かで愛おしいチャリティ。そんな彼女の物語が今の時代でも「時代錯誤だ」だと切り捨てられず、女優さんの名演が刺さって心を打つ理由がこの物語がハッピーエンドじゃないからなのはなんとも皮肉で、その事実に気づいた後は色々と考えてしまいました。

 ドンマーの『スイート・チャリティ』の公演期間は2019年6月8日までと残り後僅かではありますが、未見の方で観れるチャンスがある方には是非おすすめしたい素敵なプロダクションでした。


本公演初日の出演キャストに対するインタビュー動画
 

  1. ダディ・ブルーベック (Daddy Brubeck) 役の俳優さんは日替わり

  2. ミュージカルの元になった作品も実は映画で、フェデリコ・フェリーニ監督のイタリア映画の『カビリアの夜』(Le Notti di Cabiria)

  3. ダンスホールで一曲ごとに有料でパートナーを務めるダンサー。https://en.wikipedia.org/wiki/Taxi_dancer

  4. ツイストから派生した脚を動かさないで腰と腕を激しく動かすダンススタイル

  5. アンディ・ウォーホルは銀髪のウィッグをトレードマークとしていた