2017年の夏と秋を捧げたミュージカル『ビリー・エリオット』の日本初演。そんなビリーでタイトルロールを務めた未来和樹さんと山城力さんがダブルキャストでまたしても主演を演じると聞き、ミュージカル『オリヴァー・ツイスト』(Oliver Twist) を観劇してきました。イギリスを代表する文豪チャールズ・ディケンズの同名の小説を元にしたミュージカルとしては1960年にロンドンで初演された『オリバー!』(Oliver!) が有名ですが、本作はアークインターナショナルさん主催の日本のクリエイティブ陣によって製作されたオリジナル・ミュージカル。今回の東京芸術劇場プレイハウスで行われた全6回の公演は本作の初演になります。ポスターにも顔写真が掲載されているプリンシパルキャストのみなさまは下記の通り。
オリヴァー・ツイスト:未来和樹さん、山城力さん
フェイギン:福井貴一さん
ドジャー:神田恭兵さん
ナンシー:瑞季さん
ビル・サイクス:川原一馬さん
ブラウンロー伯爵:姜暢雄さん
私は2019年7月12日の山城力オリヴァーの初日、7月14日の未来和樹オリヴァーの最終日で東京千秋楽の日に観劇しました。まずはミュージカルの公式サイトから拝借した物語のシノプシスをご紹介します。
孤児オリヴァー・ツイストは薄粥のお代わりを求めたために救貧院を追い出され、ユダヤ人フェイギンを頭領とする少年たちの窃盗団に引きずり込まれる。 裕福で心優しい紳士ブラウンローに保護され、また心優しい少女ナンシーとの出会いによりその純粋な心を励まされたが、ふたたびフェイギンやその仲間のサイクスの元に戻されてしまう。 次々と課せられる苦難に、果たしてオリヴァーの運命は――。
(以下、ネタバレが含まれますのでご注意ください)
実はこのミュージカルが今回が初演の日本の製作陣による新作ミュージカルであることを知らずに観劇した私。今年の9月に兵庫公演が控えていますが、東京公演がたった6回で終わってしまうことがとてももったないなと思うような作品の完成度でした。
私が観劇したのはたった2回ですが、耳に残っていた今でも口ずさめるメロディが多い『オリヴァー・ツイスト』の音楽は元劇団四季の小島良太さんによるものとのこと。特に印象に残っているのは、おそらく本作のメインテーマ曲である「オーバーチュア」、フェイギンと窃盗団の少年たちのテーマ曲1。後者の明るくてコミカルな曲の
たまには食べたいソーセージ
というメロディラインは気がついたら口ずさんでいる自分がいます。おそらく、今回の公演では音楽は録音音源の再生だったのではないかと思うのですが、いつかオーケストラによる生演奏で聞いてみたいです。
そしてタイトルロールの力くんと和樹くん。『ビリー・エリオット』の頃から手足の長かった力くんは2年間でさらに手足の長いスラッとしたスタイルになっていて、ビリーの頃の面影はそのままにグッと大人びた容貌と声に「力くんなのに力くんじゃないみたい!」と、とても感慨深く。劇中、オリヴァーを指して「あんな純粋な瞳は見たことがない」「あんな良い子はいない」といった台詞が形を変えて何回も唱えられるのですが、その度に頭が首からもげるくらい肯きたくなる力くんが演じるオリヴァー。力くんの演技はなんというか、憑依系ですよね。本人と役の境界線がシームレスに感じるというか。そんな力くんのオリヴァーは背筋がピンと伸びているような、清廉で曇りのない空気を纏うオリヴァーでした。和樹くんのオリヴァーは本当にとても感情豊か。ビリーを演じていた頃からずっと低くなった歌声はやっぱりとても素晴らしくて、歌に感情をのせるのが本当に巧い!台詞がない部分の演技もとても細やかなので、ついついその表情に見入ってしまう自分がいました。この歳の俳優さんとしての一つの完成形を見ているような気分にさせてくれる和樹くんは本当に素晴らしいミュージカル俳優さん。役や作品との向き合い方について、もっともっとお話を聞いてみたくなってしまいます。
台詞だけで展開する場面もあるものの、楽曲が占める割合が多く、ほぼシングスルーのミュージカルという印象がある『オリヴァー・ツイスト』。さらにお芝居の要素が強かったので、一幕後半のオリヴァーの逃亡場面のダンスシーンは見応えたっぷりなものの、正直その唐突さに少し戸惑ってしまった部分もあります。でもここで披露される力くんと和樹くんの身体能力の高さには純粋に舌を巻きました。ジャンプ高い!滞空時間が長い!アンサンブルの俳優さんたちも含め、これだけ踊れる人たちですもの、ダンスシーケンス入れたくなっちゃうよねという妙な納得感。
作品の脚本と演出を手掛けているのは同じく元劇団四季の岸本功喜さん。私は原作小説を読んだことがないのですが、ミュージカル版ではかなり大胆に登場人物を削ったり、登場人物たちの関係性を改変しているようです。最初から最後まで純粋なオリヴァーはもちろん、勧善懲悪モノのヒーロー映画のように悪と善にきれいにわかれない多面的な登場人物たちはそれぞれに人間臭くて魅力的。中でも私がとても惹かれたのは神田恭兵さんが演じるドジャーと福井貴一さんが演じるフェイギン。
オリヴァーを弟のように気に掛ける面倒見のいいドジャーは同時に「男の仕事」をしている悪名高いビル・サイクスに憧れるアンビバレントなお年頃。ビルに憧れる気持ちと相まって、彼に付き従うナンシーのことが気になったり、オリヴァーと接するうちに盗みで生計を立てている自分や自分の仲間に対する葛藤の感情が芽生えてきたり。青年期に差しかかろうとしている少年の役は神田さんの実年齢からかなり離れた年齢の役ですが、神田さんが演じる心根が優しくて瑞々しい感性を持つドジャー少年がとても好きでした。歌声もとても素敵。
福井さんのフェイギンは小悪党ながらもしっかりと「少年たちの父」で、最後に養い子たちを庇って縄に掛かる場面、絞首台に登る前に子供たちに囲まれて
人生最良の日だ
という場面にはただただ涙。また、この少年たちを演じているみなさま2が素晴らしく。窃盗団の少年たちが新しく仲間になったオリーを屈託無く受け入れる姿、純粋にフェイギンを父として慕っている姿にもホロリとさせられるんですよね。頼れる「長男」であるドジャーに問われた質問をそのまま反復することで返すフェイギンの「返答」も胸が詰まりました。ある意味フェイギンに後を託されたドジャーことジャックが罪を認めて、彼にやり直しのチャンスが与えられる展開もよかったです。
ここで名前を挙げられていないキャストのみなさんもとてもよくて。特に東京公演最終日だった14日のソワレ公演はどんどんと上がっているカンパニー全体の熱量を感じました。シンプルだけど効果的に使われているセットや照明も印象的だったし、衣装も素敵。またさらに公演回数を重ねたら、オケの生演奏になったら。『オリヴァー・ツイスト』は色々な可能性を感じる新作ミュージカルだったので、9月14日から16日の三日間に渡って上演される兵庫県立芸術文化センターにての公演以降も再演されることを祈っています。