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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】演劇『悪い磁石』(나쁜 자석, Our Bad Magnet) @ Daehakro Art One Theater, Seoul《2019.4.6マチネ, 2019.4.7マチネ》

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 『悪い磁石』(나쁜 자석, Our Bad Magnet) はミュージカルではなくストレートプレイということで少し敬遠していたのですが、色んな方々から「絶対satokoさん好きなやつだよ!」と言われ続けていた作品。「それだけみんなが言うなら観てみようか」と重かった腰を上げて観劇したところ、はい、みなさまがおっしゃった通り実際私がすごく好きなタイプの作品でした。ちょうど全キャストを入れ替わりで観れる連日の日程で観劇したのですが、私が観劇したキャストのみなさまと組み合わせは下記の通り、

  1. [2019.4.6 マチネ]
     フレイザー (Fraser):ホン・スンアンさん
     ゴードン (Gordon):シン・ジェボムさん
     ポール (Paul):シン・ジニョクさん
     アラン (Alan):イム・ジュニョクさん
  2. [2019.4.7 マチネ]
     フレイザー (Fraser):キム・パダさん
     ゴードン (Gordon):カン・チャンさん
     ポール (Paul):イ・ギヒョンさん
     アラン (Alan):カン・スンホさん

でした。

(以下、ネタバレが含まれるのでご注意下さい)

作品紹介

 まずはplayDBに掲載されているあらすじ1をざっくり翻訳したものを紹介します。

9歳で出会い、19歳で愛し、29歳で私の人生になった。

9歳、
スコットランド南西海岸にある小さな村、ガーバン(Girvan)。 フレイザー、ポール、アランは長年友人だった。 ガキ大将のフレイザーと彼を崇拝して従うポール。 バカなふりをして人を笑わせようとする太った子、アラン。 その一団に転校してきたゴードンが合流する。笑わず、子どもたちと付き合うことにさえぎこちないゴードンを彼らは無理やり仲間に入れる。 自分たちの大切な物をタイムカプセルに埋めて遊んでいた彼らは、ゴードンが書いた《空の庭園》という童話を聞くことになる。 フレイザーはゴードンの童話に感銘を受け、彼を自分だけの秘密の場所である廃校に招待する。 ゴードンはそこで腹話術士である父、父の人形である「ヒューゴ」についてフレーザーに打ち明け、 フレイザーはゴードンの長年の悲しみと怒りに向き合うことになるが…

19歳、
フレイザー、ポール、アラン、ゴードンはバンドを結成して有名人になることを夢見る。 しかし、憂鬱で音楽的の方向性が合わないという理由でゴードンをバンドから脱退させなければならないと考えていたところ、 先にアランがゴードンにその話を伝えてしまう。 淡々と行動したゴードンは「廃校に戻る時が来た」という言葉を残して去り、廃校は大きな爆発音とともに大きな火に包まれる。

ゴードンの葬式、
フレイザーはバンドから脱退して、三人の友達はバラバラになる。

29歳、
十年経った後、29歳のフレイザー、ポール、アランが邂逅する。 ポールは出版社に勤めながらゴードンの童話を出版したが、 その童話の本が人気を集めると、世界中から出版しようと決心する。 ポールは印税を分ける方法などについて議論しようとし、エンジニアになったアランも友達に見せるものがあるという。 三人の友達の久しぶりの出会いは彼らを過去に連れていくのだが…

 最近英国の演劇作品を韓国で初めて観る機会がずいぶんと多くなってきているのですが、『悪い磁石』もそんな作品の一つ。2000年にグラスゴーのトロン劇場 (Tron Theatre) で初演されたこの戯曲を書いたのは舞台と同じくスコットランド出身の劇作家であるダグラス・マクスウェル (Douglas Maxwell) 氏。この作品が韓国に初上陸したのは2005年の年末ですが、作品の舞台はスコットランド、ガーバンの田舎町から韓国の永川(ヨンチョン)に移され、フレイザー、ポール、アラン、ゴードンの四人にもミノ、ウンチョル、ボング、ウォンソクという韓国人の少年、青年たちに置き換えて演じられたようです。韓国でオリジナルの舞台設定のままこの作品が上演されたのは2012年から。この2012年の公演からはずっと大学路アートワンシアターで上演されています。

 とても印象的な劇中歌はどうやら韓国オリジナル要素である可能性が高く、作曲はチョ・ヨサさん、作詞はチュ・ミンジュさんによるもの。作曲家のチョ・ヨサさんが自身のYouTubeアカウントで一部の楽曲をアップロードしてくれているのですが、全編ではなくて3分で切れちゃうのがもどかしい…。


演劇『悪い磁石』より「小さな種」(작은 씨앗) / カン・ジョンウ、ペク・ドゥフン
途中で切れてしまいますが、せめて雰囲気だけでも...
 

感想

 基本的にはフレイザーの視点をベースに語られる四人の物語。素直に観るならば、物語の主人公であるフレイザーと彼を魅了した不思議な童話を作ったゴードンを中心に観るのだと思いますが、どちらの観劇回でも私にとって一番気になる存在はムードメーカーで一見マイペースに見えるアランの存在でした。アランは9歳の時も19歳の時も一番のんびりしていて、下手をしなくても空気を読めないアホの子と後ろ指を刺されてしまうんじゃないかというくらいの雰囲気なのですが、物語が進むにつれ、それはアランの表面的に見せている部分に過ぎず、実は人一倍周囲の心の機微に敏感な彼が演じてみせた姿だったことが仄めかされます。

 彼らが19歳の時、彼らの前から忽然と姿を消してしまったキルキラ2ことゴードン。あらすじにも書いた通り、当時彼らが夢中になっていたのはスターになることを夢見て組んだロックバンド。キルキラが書く音楽は彼が作った童話以上に独特で、常人では理解できない内容であることに苛立つフレイザー。バンドが一枚岩となって夢に向かっていくためにゴードンは邪魔な存在だとフレイザーたちは感じるようになりますが、ゴードンにとってバンドでの音楽活動がどれだけ大切かを理解しているフレイザーはゴードンをバンドから脱退させることに煮え切らない態度を取ります。禍根なく軟着陸できる方法を悩むフレイザーとそれをせっつくポールの「空気を読まずに」あっけらかんと「お前の音楽性は俺たちに合わないからクビだ」という趣旨のことを二人に相談せずにゴードンに伝えてしまったアラン。

 その事件をきっかけに《悪い磁石》の童話を残していなくなってしまったゴードン。ゴードンの存在の喪失をきっかけに荒んだ生活を送っていたフレイザー。ゴードンが書いた童話を出版するために動き回っていたポール。そして人知れず故郷の町で《空の庭園》から降ってきた色とりどりの花弁の雨を降らす機械を黙々と作っていたアラン。

 ティーンの頃の彼らのマドンナ的な存在のティナと結婚したアラン。そんなティナとズルズルと不倫の関係を続けていたポール。子供を身籠ったというニュースに自分は喜んだのに、ティナは産みたくないと言って泣くんだ、と劇中で一番辛そうな表情を浮かべて泣いたアラン。その場面以外は全く葛藤を表に出さず、ずっとヘラヘラとお調子者の雰囲気で笑っていたジュニョクさんのアランがフレイザーが作ったきっかけを機にポールに自分に伝えないといけないことがあるんじゃないかと詰め寄った時の真剣な表情。ジュニョクさんのアランの役作りとはまた全然違い、穏やかで優しい雰囲気だけど影を感じるスンホさんのアランの悲しさにどうしようもなくなって泣きじゃくっていた姿。すでに観劇したタイミングから五ヶ月も経っていますが、どちらも深く心に刻まれています。フレイザーにプレッシャーをかけられつつもポールが「何でもないよ」と言うと、「そっか」と寂しそうな笑顔でそれ以上追求しないアランの悲しい優しさが本当にどうしようもなく切なくて。

 ゴードンの死をきっかけにわかりやすく荒れて自堕落な生活を送るフレイザーはそれだけゴードンのことが大切だったのだとは思いますが、アランの悲しみの向き合い方と比べるとなんだか甘えを感じてしまって個人的に素直に感情移入できなかったり。「ゴードンを言い訳にそんな生活をするなんて!しっかりしなさい!」と言いたくなってしまうのだと思います。彼の荒れ方は見ていて本当に痛々しいです。

 合理主義で狡いポールは四人の中では一番嫌われる役なのだと思いますが、ポールの狡さはとても人間臭くて。そんなポールもゴードンの童話を世の中に送り出すことで彼なりの方法で幼馴染の喪失に向き合い、弔っているようにも感じられたのでそこまで嫌いにはなれませんでした。

 誰にも秘密で、ゴードンが消えた廃校でゴードンの童話の中の一場面を再現する機械を作っていたアラン。アランはアランで、フレイザーとは別に自分のせいでゴードンは自殺してしまったんじゃないかという自責の念にずっと駆られていて、ポールとティナの不倫だとか、人生でうまくいかない諸々の悲しみ、苦しみを忘れるために機械作りに没頭していたのだと考えるとどうしようもなく泣けてきます。後から思うと、アランの「やらかした」事件でさえも、ゴードンの心情を慮ると口火をきれなくなってしまうフレイザーを思い、あえてアランが間抜けな悪役を買って出たのかもしれないとも思ったり。でも、アランはそういうのを一切表で見せようとしないのですよね。真似しようとしても真似できることではない。そんなアランの不器用で懐の深い優しさが本当に大好きです。ふと、アランのその自己犠牲的な優しさは自分は《悪い磁石》だと叫んでいなくなったゴードンの儚さを彷彿とさせて、だからこそフレイザーは怒りを爆発させたのかもしれないと思いました。

 ラストシーンが印象的な舞台作品は色々とあると思うのですが、『悪い磁石』のラストシーンは私が観劇したことのある作品全ての中でも特に美しさと胸を締め付ける切なさが鮮明に記憶に残る作品。この悲しくも美しい最後の場面に向けてすべてが積み上がってきたようにさえ思えてくる部分もあります。

 
 怒りに任せてフレイザーがアランが一生懸命作っていた機械を蹴りはじめ、泣きながらアランが止めようとすると突然機械が作動し、ゴードンの《空の庭園》のラストシーンが驚く三人の前に再現される。ゴードンが思い描いた童話とその不思議な世界観もこの作品の中でとても魅力的な要素なのですが、その世界観を再現する演出と美術も本当に美しくて。その演出と美術に寄り添うように流れる音楽も本当にとても素敵でした。

 
 一緒にいると強く反発しあってしまうからと言わんばかりに《悪い磁石》の物語を残して姿を消したゴードン。自分を許さずに自分を傷つけるような生き方をすることでしか愛情を示せないと思っていたように感じるフレイザー。偽悪的な態度と行動の裏に本音を隠していたのではと思えるポール。自分の感情を押し殺して周囲との和を大切にしたアラン。彼らは四人とも《悪い磁石》だったのだと思います。


  1. 2019年版の公演ページにはあらすじが掲載されていなかったので、あらすじは2017年版から拝借。

  2. ゴードンのあだ名。クスクス笑うという意味で使う「クスクス」に当たる韓国語の낄낄 (キルキル) に呼び名に付ける아を付けてキルキラ。原典ではゴードンのあだ名はギグルス (Giggles) でやっぱりクスクス笑いの意味。