Sparks inside of me

劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】演劇『R&J』(알 앤 제이) @ Dongguk University Lee Hae-rang Art Company, Seoul《2019.7.28-2019.9.14》

 韓国初演の時に友達から強烈なプッシュを受けて初めて観た演劇『R&J』(알 앤 제이)。恐らくシェイクスピアの戯曲の中でも一番有名な『ロミオとジュリエット』の悲劇。誰もが知っている『ロミオとジュリエット』をベースにしながらも全く新しい物語に作り変えられたこの作品の魅力に気づいた頃にはすでに千秋楽まで期間がなく、再演されたら今度こそはもっと観ようと心に誓ったのは去年、2018年の秋。初演の好評を受けて早速翌年2019年に再演されたこの作品を、今季は4回観ることができました。私が観劇した公演と俳優さんたちは下記のとおり。

  1. [2019.7.28 マチネ]
     学生11:パク・ジョンボクさん
     学生22:ホン・スンアンさん
     学生33:カン・ギドゥンさん
     学生44:オ・ジョンテクさん
  2. [2019.8.10 マチネ]
     学生1:チ・イルジュさん
     学生2:カン・ヨンソクさん
     学生3:ソン・ユドンさん
     学生4:ソン・グァンイルさん
  3. [2019.9.7 ソワレ]
     学生1:チ・イルジュさん
     学生2:ホン・スンアンさん
     学生3:ソン・ユドンさん
     学生4:ソン・グァンイルさん
  4. [2019.9.14 マチネ]
     学生1:チ・イルジュさん
     学生2:カン・ヨンソクさん
     学生3:カン・ギドゥンさん
     学生4:オ・ジョンテクさん
2019.7.28 マチネ, 2019.8.10 マチネのキャストボード
2019.9.7 ソワレ, 2019.9.14 マチネのキャストボード
 

 作品のあらすじ、初演から引き続き公演会場になった東国大学イ・ヘラン劇場の印象的な座席プランなどについては初演のレポで書いていますので、よかったらこちらも併せてお読みください。

 

 ソン・ユドンさんの学生3、ソン・グァンイルさんの学生4以外はがらりと顔ぶれが入れ替わった今季のR&J。学生1と学生2に関してはトリプルキャストだったのですが、私が観ることができたのはそれぞれの役で俳優さん二人ずつ。演劇『報道指針』にキャスティングされていた俳優さんが多いこともあって、R&Jで初めましての俳優さんは学生1役のチ・イルジュさんと学生4役のグァンイルさんだけでした。

 規律の厳しい学校生活から逃れるように、学校で禁書扱いになっている戯曲『ロミオとジュリエット』の物語にのめり込んでいく4人の学生たち。初演の感想では、「劇にのめりこんでいって役が憑依しているようになっていくと、学生として役を演じている彼らと役者として『ロミオとジュリエット』の登場人物を演じている俳優さんたちの境界が曖昧になっていくように感じるのも不思議な体験」と書いた私。再演を観て思ったのは、俳優さんたちが演じているのはあくまで『ロミオとジュリエット』の劇中劇を通して自身を発見していき、役に自身を投影している感受性豊かな4人の学生たちであるということ。

 役を演じる俳優さんによって演技の方向性がかなり異なるのですが、それぞれ自分の内に何かを抱えているものがある4人の学生たち。自分が抱えている秘密、感情に対して自覚のある学生は自分が演じる役にその秘密、感情を解放するための糸口を探り、無自覚な学生は表出した自分の抑圧された感情の大きさに大きく戸惑い、心を揺らしながらも役を演じることによってそれと向き合っていく。『真夏の夜の夢』のような、『嵐』のような一晩を経て普段の生活に戻っていく彼らは元に戻るようで決してそれまでの彼らではなく。全身全霊をかけて彼らが演じた『ロミオとジュリエット』の主人公たちの短い命の一瞬の輝きとシンクロするような瑞々しい感性を持つ学生時代の彼らの輝き。観ている間、特にラストが近づくにつれて泣きたくなる気持ちに私が抗うことができないのは、この作品の音楽、照明を含めた演出の妙と多感な彼らを演じる俳優さんたちのリアルで生々しい感情表現にどうしようもなく心を揺さぶられるからなのだと思います。

 せっかくなので、8人の俳優さんたちの印象をそれぞれ書いてみたいと思います。(以下、ネタバレが多く含まれるのでご注意ください)

ジョンボクさんの学生1

 初演の月のような陰のイメージが強かった学生1像を覆し、陽の属性を強く感じたジョンボクさんの学生1。周囲に恵まれてきたと思われる彼は、明るく前向きで率先して仲間を巻き込んでいくけど、広げた風呂敷を畳むことに意識が向かないタイプという気がします。それもあってか、ジョンボクさんの学生1は劇中劇が進行するにつれて自分が気軽な気持ちで始めたことが呼び覚ましてしまったかもしれないことに戸惑っている印象が強いです。自分の内なる感情に無自覚な学生1でもあり、自分とロミオの感情の境目がわからなくなるくらい劇中劇に没頭する彼は、そのことに気づかされることによって初めて自分が抑圧されていたことに気づいたのでは。

イルジュさんの学生1

 ジョンボクさんの学生1とは対照的に、自分の感情に自覚的で学生2に対する特別で真っ直ぐな想いが首尾一貫しているイルジュさんの学生1。劇中劇にかこつけてその思いの丈をロミオとしてジュリエットを演じる学生2にぶつけがらも、彼なりに感情の渦、洪水にみんなを巻き込んでいってることに戸惑う様子を見せる彼。そんな姿から、教師からも仲間の学生たちからの信頼が厚く、明るい人気者の「模範的な生徒」として彼が普段振振るまっていると想像すると、ラスト直前でそのペルソナに戻る覚悟をしながらも切実な願いを込めたように感じた「僕たちが友達なら...」という台詞があまりにも切なく。でも彼はその夜に見た「夢」に後悔はないのだろうな、とも。

スンアンさんの学生2

 少しのんびりしていて引っ込み思案にも感じるスンアンさんの学生2は感情が分かりやすく表に出てしまう隠し事があまりできないタイプ。学生1に対して彼が特別な感情を抱いているのは傍目からもとても分かりやすく、ジュリエットを演じることによってその感情を解放できることに対する喜びすら感じるくらい。とても感受性が高く、素直で優しくて可愛いスンアンさんの学生2。不安や悲しさに打ち震えて涙を流す姿や真っ直ぐな好意を感じる幸せそうな笑顔がとても印象に残っています。邪気のない可愛い顔で乳母役の学生4に仕掛ける悪戯が結構えげつないのはご愛敬。

ヨンソクさんの学生2

 ヨンソクさんが演じる学生2は、この作品に学生として出演している俳優さん達の中でも立ち位置がかなり異色に感じます。周囲をグイグイと引っ張っていく学生達の中心的な立場でありながら、周囲を受け入れて受容する懐がかなり大きいヨンソクさんの学生2。それは彼自身に対しても適用され、戯曲を仲間と一緒に演じることによって発見していく様々な感情、気持ちを目を逸らさずに傷付いても真っ直ぐに受け入れているように観ていて感じました。それだけに、ラスト近くで学生が「僕たちが友達なら」と呼びかけた際に彼に背を向けて見せた悲しそうな表情を見るのはとても切なく。でも、器用な彼はそんなことを微塵も感じさせずに日常に戻っていくのだろうな、と思いました。

ギドゥンさんの学生3

 いきなりですが、私はギドゥンさんのことを野生の(勘を持つ)天才だと思っています。そして学生3役でもそんなギドゥンさんの才能が炸裂。一見明るくてひょうきんなのに4人の学生達の中でも抱えている闇が深い学生3。教師からの厳しい指導の打擲に怯えて震える姿、劇中のジュリエットに対する折檻に自身が受けた虐待に対する鬱屈を発散させて、行き過ぎた暴力的な衝動に飲み込まれてしまった自分に呆然とし恐怖に慄く姿。痛々して生々しい感情が真っ直ぐに観ているこちらに伝わってきて留めなく涙が溢れてきました。感情の渦に翻弄されながらも、学生1と学生2の劇を進めていきたいという気持ちを受け止める姿がまたグッとするのです。

ユドンさんの学生3

 初演から観ているので、一番観ている回数が多いユドンさんの学生3。劇中劇で演じる役が多く、その演じ分けも見所な学生3ですが、私が一番好きなのはマーキューシオ役。ベンヴォーリオを演じる学生2とともにロミオを探す時のどこか人を食ったような捉え所の無さも魅力的ですが、ティボルトと対峙する時の目がちょっとイッちゃっているような雰囲気もゾクゾクする凄味が感じられて好きです。今振り返って考えてみると、ままならない現実に耐えることしかできなかった学生3の理想が超然としたマーキューシオの姿に投影されているのかもしれないな、と思ったり。

ジョンテクさんの学生4

 運動部の主将、もっと具体的に書くと「サッカー部のキャプテンっぽい!」と感じるジョンテクさんの学生4。明るくて悪ふざけにも率先して参加する学生4ですが、周囲をよく見ていて仲間の関係のバランス、調和を人一倍大切にしているように感じるのでジョンテクさんはキャプテンなのです。乳母役を演じている際にジュリエットから託された指輪をロミオの足下に投げ捨てるのも、ラスト近くで誰よりも早く率先して学生1の呼び方に呼応してその手を取るのも彼の中でその考えが徹底しているから。学生らがお互いに手を振って別れの挨拶をするラスト、ジョンテクさんの底抜けに明るい晴れやかな笑顔にハートを撃ち抜かれたことをここに告白しておきます。

グァンイルさんの学生4

 どこか幼さを残しているように感じる容貌からは想像がつかないような太く、逞しい声が印象的なティボルトを演じるグァンイルさんに感じるのはその引き出しの多さ。劇中劇で演じる役によって雰囲気がかなり変わるグァンイルさんの学生4は、玩具箱をひっくり返したようなトリックスターの要素を感じるのです。どの役もめいいっぱい楽しんで演じているように感じるグァンイルさんの学生4は、今季の『R&J』で観た俳優さんたちが演じる学生の中でも一番屈託なく「真夏の夜の夢」を満喫しているのかもしれないな、と思います。

 


演劇『R&J』ハイライトMV 「When I Love You」
 

 今季はOSTも販売されましたが、やっぱり『R&J』は音楽が抜群に素晴らしい。ラストで劇中歌の「When I Love You」が歌詞つきで流れるのがニクすぎて狡い。本当に演劇的面白さが詰め込まれた素敵な作品なので、またの再演を願って待っています。


  1. 学生1の劇中劇の配役はロミオ
  2. 学生2の劇中劇の配役はジュリエット、ベンヴォーリオ、ジョン修道士
  3. 学生3の劇中劇の配役はマーキューシオ、キャピュレット夫人、ロレンス修道士
  4. 学生4の劇中劇の配役はティボルト、乳母、バルサザー