Sparks inside of me

劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】コンサート『ジーザス・クライスト・スーパースター』(지저스 크라이스트 수퍼스타 콘서트) @ LG Art Center, Seoul《2020.3.1マチネ》

ジーザス・クライスト・スーパースター In Concert

 これまでに何度か書いていますが、私が韓国でミュージカルを観ることにハマるきっかけなったのが2015年のミュージカル『ジーザス・クライスト・スーパースター』(지저스 크라이스트 수퍼스타, Jesus Christ Superstar, 以下JCS) の公演。シドニーマンチェスターアムステルダムに弾丸したりとこの作品に関しては謎のフットワークの軽さを発揮してきた私ですが、韓国でもいきなりドボンと沼にハマってズブズブ沈んで地方公演も含めて合計16回も観たのは今や懐かしい思い出。我ながら16回という数字は相当ネジがぶっ飛んでいる数字ですよね。韓国でも人気作品であるのにも関わらずなかなか再演がかからないJCS。そんなJCSがコンサート形式で3日間限定で上演される。しかもキャストは2015年の公演でキャスティングされた俳優さん中心の豪華メンバー。というわけで行ってまいりました。そんなコンサート版のキャストは以下の方々でした。

 ジーザス:マイケル・リーさん
 ユダ:ユン・ヒョンリョルさん
 マリア:チャン・ウナさん
 ピラト:チ・ヒョンジュンさん
 ヘロデ:キム・ヨンジュさん
 シモン:パク・ユギョムさん
 カヤパ:パク・ヨセプさん
 アンサンブル1
   シム・セインさん、
   イ・ジョンヒョクさん、
   ジン・スンファンさん、
   イ・ジョンホンさん、
   パク・ソリさん、
   パク・ハナさん、
   キム・ハナさん、
   イ・スルギさん

2020.3.1 マチネのキャストボード
2020.3.1 マチネのキャストボード
 

 ちなみに2015年公演の観劇記録はこちら。

 JCS大好きなくせに前のブログで書いていた愛が重すぎて途中で力尽きたレポ以外に今までロクにちゃんと観劇レポを書いてこなかったので、余韻の熱がまだ滾っているあいだに勢いで書いていきたいと思います。

作品紹介

 もはや私が説明するまでもない有名作品ですが、JCSは若かりし日のアンドリュー・ロイド・ウェバー卿とティム・ライス卿のお二人が1970年に「ロック・オペラ」のコンセプトアルバムとして発表したミュージカル作品。イアン・ギラン (Ian Gillan) をタイトルロール、マレー・ヘッド (Murray Head) をユダにキャスティングしたこのコンセプト・アルバムは好調な売り上げを記録し、翌年1971年にブロードウェイ公演、1972年にロンドン公演が開始され、1973年には今でも精力的にジーザス役を務めて公演を続けているテッド・ニーリー (Ted Neeley) を主演とした映画が公開されています。映像媒体に記録されているJCSはこれだけに留まらず。2000年にはグレン・カーター (Glenn Carter) をジーザス、ジェローム・プラドン (Jérôme Pradon) をユダに配役したプロダクションがスタジオ録画され、2012年には主役を決めるオーディション番組を勝ち上がってきたベン・フォースター (Ben Forster) をジーザス、コメディアンでミュージシャンでもあるティム・ミンチン (Tim Minchin) をユダ、スパイス・ガールズメラニーC (Melanie C) をマグダラのマリア役に迎えたアリーナ・ツアー版の舞台を映像化したものが製作され、さらに2018年にはジョン・レジェンド (John Legend) をジーザス役に配役したコンサートがアメリカの全国ネットテレビ局であるNBCでライブ中継されています。

 日本では劇団四季によって『ジーザス・クライスト=スーパースター』として上演されているこの作品の初演は映画が公開されたのと同じ1973年で、鹿賀丈史さんはこの作品で鮮烈なデビューを果たしています。初演版をさらに発展された「エルサレム版」、1987年に制作された「ジャポネスク版」については、私より全然詳しい方もブログもあるかと思うのでここでは説明を割愛させていただきます。

 韓国で最初のJCS公式ライセンス公演2はブロードウェイ初演や日本初演に比べると比較的最近の2004年。その次の公演は2007年でカン・ピルソクさんがジーザス役にキャスティングされています。今回のコンサート版につながる現在の韓国版JCSの原型ができたのは2013年の公演。今回のコンサート版と同じくイ・ジナ女史が演出を手掛け、コンサート版の編曲を務めたチョン・ジェイル氏が音楽アドバイザーとしてクレジットされています。コンサートの指揮を担当したキム・ソンス氏は2013年版の演出を踏襲した2015年公演から本作の音楽監督としてクレジットされており、振付を担当しているソ・ビョング氏も同様に2015年版から名前がクレジットされています。

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)

感想

 さて、今回のJCSはコンサートバージョン。舞台の上には下手側からパーカッション、シンセサイザー、バイオリンなどのストリングセクション、エレキ・ギターとベースとオケのメンバーが並び、中央には指揮者台。さらに指揮者台の前にずらっとスタンドマイクが並んでいる状態でスタート。指揮者のソンスさんが台に登って一礼したのちに拍手が巻き起こり、いよいよ「Overture」のナンバーとともにコンサートのスタートです。

 ALW卿が書く「Overture」はどれもみんな作品への期待値をどんどんと上げて、鳥肌が立つような感覚になる曲がとても多いと思うのです。JCSも例外ではなく。全編を通して音楽がかっこよくて大好きなJCSですが、中でも「Overture」から「Heaven on Their Minds」までの流れはこの作品の中で一二を争うくらい好きな部分です。CDなどの音源で聴いていてもかっこいいですが、生演奏だとパーカッション、ベースとエレキで刻まれる重低音のビートが堪らない。思わずリズムに合わせて体を動かしたくなってしまいます。曲の後半から舞台の左右の袖から続々と俳優さんたちが入ってきて、最後に「Superstar」の主旋律の部分と合わせてセンターのスタンドマイクの前に立つのはもちろんジーザス役のマイケル・リーさん。

マイケル・リーさんのファンアカウントのInstagramより
左から敬称略でチャン・ウナ、マイケル・リー、ユン・ヒョンリョル

後光が差しているように見える明るいライトが一瞬ジーザスを明るく照らした後、曲は「Overture」からユダが歌う「Heaven on Their Minds」へと移っていきます。さて、ここで2015年の韓国公演のミュージック・ビデオと韓国版の歌詞を翻訳してみた前のブログの記事をご紹介します。


Heaven on Their Minds (2015) / ユン・ヒョンリョル
ヒョンリョルさんが着ているライダーズジャケットは多分私服。
そして多分コンサートで来ていたジャケットと同じもの。
 

[Lyrics & Translation] Heaven On Their Minds... - simple and clean?
 

 オリジナルの歌詞では信者が増えて制御が効かないくらい自分たちの勢力が大きくなってきていること、それに対してローマ帝国ユダヤ教会が黙っていないだろうこと、さらにジーザスの思い上がりと慢心をユダが心配する内容となっている「Heaven on Their Minds」。ユダが将来を憂慮するという点では共通していますが、韓国版の歌詞はあたかもユダがジーザスの計画の啓示を受けて、それに対して同意できない複雑な心情を歌ったような歌詞となっています。それもそのはず、計画の内容とは「ジーザスが裏切られて死ぬ」ことなのです。

 私にとって韓国版JCSで一番衝撃的だったのがジーザスとユダの運命共同体のような関係性。唯一ジーザスの運命を共有された選ばれた使徒、まるで預言者の一人のようなユダ。十字架に架けられて死ぬことによって永遠の存在になるジーザスの「スーパースター」伝説を成立させるための共犯者というイメージがとても強いのです。それは一人の人間としてジーザスを愛し敬うユダにとってはあまりにも酷な使命。ですが、他ならぬジーザスにその運命を受け入れることをユダは要求されます。そしてそれはかなり物語の序盤から示されます。

저들의 고통을 그 따위 돈으로 구원한다 믿는가
彼らの苦痛をそのような金で救えると信じているのか
영원히 계속될 인간의 고통을 구할 방법 하나 뿐
永遠に続く人間の苦痛を救う方法は一つだけ

넌 알고 있으니 날 이용하거라
お前は知っているから 私を利用しろ
네가 할 일 후회하게 될 선택 원한다면
お前がすべきこと 後悔することになる選択 望むなら

上記は「Everything's Alright」中のジーザスが歌う部分です。ジーザスを労うためにマリアが使った高い香油でたくさんの人たちが救えるはずだとユダはジーザスとマリアを非難しますが、それに対する答えが上の歌詞なのです。宿命をまっとうするためにユダが後悔することまで知っていながらも使命を果たせと冷たく突き放すジーザス。それをどうしても受け入れたくないために足掻いて苦しみ、どうか考え直して欲しいと涙ながらに訴えるユダ。ユダのあずかり知らぬところで自分の運命に疑問を持ち、大切な人を苦しめていることに傷つくジーザス。見ていて辛いことこの上ないのですが、この大きな感情のぶつかり合いに私の感情も大きく揺さぶられるのです。

 ユダがジーザスの所在をカヤパたちに密告する「Blood Money」の最後でジーザスの死と復活を暗示するように「Superstar」の主旋律が登場したり、ジーザスの

All right, I'll die

という「Gethsemane」中の歌詞3に対応するようにユダが「Judas' Death」で

좋아요, 죽을게요
いいでしょう、死にましょう

と同じ言葉を一人になったときに発するのもとても印象的。

Judas, must you betray me with a kiss?

の部分も

유다, 배신의 시간이 왔구나
ユダよ、裏切りの時間が来たな

となっていて、あくまでジーザスとユダは決められた運命に従っていることが強調されていて。他のプロダクションではジーザスのことを夢で知るピラト提督の方がジーザスと運命を共有している、あるいは巻き込まれている印象が強いのですが、韓国版では徹底してユダにそのポジションがあてがわれているように感じます。マリアとの対比という意味では、マリアが一人の人間としてジーザスを愛した故に最後まで人としてジーザスを扱った人物ならば、ユダは一人の人間としてジーザスを愛した故にその意志に従って彼を永遠の存在に押し上げた人物、という印象でしょうか。

 コンサートでありながらも俳優さんたちがしっかりと演技をして激しい感情の波を表現してくれたので、5年前の公演の記憶が鮮やかにフラシュバックしてきて。揺れる視線、命を削るような絶叫、すべてが刺さりまくってしんどくて最高でした。マイケルさんのジーザスはストイックな「修道者」のイメージがとても強く、マイケルジーザスとヒョンリョルユダの組み合わせには師弟関係のような絆を強く感じます。骨太で大きなヒョンリョルさんのユダが傷つきやすくて涙脆くて、見た目とのギャップがあるのも変わらず。ジーザスが好きで好きでどうしようもない私が大好きなユダでした。アンサンブルのみなさんはしっかりとダンスも踊ってくれたし、その振付も5年前の公演のものと同じだったのも色んな記憶を蘇らせてくれました。とても個人的な感想ですが、5年前と圧倒的に違ったのは私が歌詞で聞き取りできる部分が格段に増えたこと。サボりがちなので亀のような歩みではありますが、昔に比べたらちゃんと韓国語力は上がっているんだなぁと地味に感動しました。

 今回のコンサートならではの部分で特に「おっ」と思ったのはアンナス役に女性がキャスティングされていたこと。5年前の公演でも、世界でおそらく初めてヘロデ王役に女性(キム・ヨンジュさん)がキャスティングされたことが話題になりましたが、演出を手掛けるイ・ジナさんは他の作品でも率先してジェンダーブラインドキャスティングを採用している印象があります。私が観れなかったチャ・ジヨン姐さんのユダもきっととてもとても素晴らしかったと思うので、ぜひ本公演でも同じ配役でお目にかかりたいと強く願っています。

 コンサートの感想より韓国版JCS(のジーザスとユダの関係性)への暑苦しい想いの比重が大部分を占めるレポートになってしまってすみません。全体的に大満足だったコンサートなのですが、本公演への期待をさらに拗らせてしまった感は否めません。近い将来に必ずやしてくれることを信じて、期待に胸が膨らむ日々です。


  1. アンサンブルの方がアンナス役、ペテロ役も演っていました。いまいち自信がないのですが、アンナスはパク・ソリさん(女性)、ピーター(ペテロ)はシム・セインさんなのではと思っています。
  2. 1997年等どうも2004年以前にも韓国でもJCSの公演は行われているようなのですが、JCSのパンフレットにはこのように記載されています。ここではこれ以上この件についてつっこむのは止めておきます。(←)
  3. マイケルさんはここの部分を英語で歌うのですが、2015年公演で同じくジーザス役で出演していたパク・ウンテさんはユダと全く同じ韓国語の歌詞で歌います。