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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇記録】2020年9月 K-Musical On Air『女神様が見ている』『赤壁』『ザ・フィクション』

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 韓国観光公社とK-PERFORMACEの共同主催で2020年8月31日から9月3日までの4日間にかけて開催された「K-Musical On Air」のVLIVE、NAVER TVでのミュージカル公演配信。同じく韓国観光公社が主催している「ウェルカム大学路」の宣伝も兼ねていることもあり、「K-Musical On Air」のVLIVEでの配信はすべて英語字幕付き、すべて無料で視聴可能。COVID-19の影響で軽率に国境をまたぐことが不可能になったミュージカルオタクにとってはありがたすぎるこのイベントを逃す手はありません。幸運なことに全日程、全作品を視聴できたので先月8月のVLIVE公演の感想記事に引き続き、9月分の「K-Musical On Air」の作品の感想を書いてみたいと思います。



 8月に配信された第一弾のミュージカル『ファンレター』の感想は一つ前の記事で書いているのでこちらもあわせてどうぞ。

2020年8月のVLIVE公演視聴レポ
theatre-goer.hatenablog.com
 

ミュージカル『女神様が見ている』《2020.9.1》

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 ハン・ヨンボム:ソ・ギョンスさん
 イ・チャンソプ:ユン・ソクウォンさん
 リュ・スノ:パク・ジュニさん
 チョ・ドンヒョン:チョ・プンレさん
 シン・ソック:アン・ジファンさん
 ピョン・ジュファ:ジン・テファさん
 女神:イ・ジスクさん

 個人的には韓国ミュージカルを履修する上では必須科目だと思っているミュージカル『女神様が見ている』(여신님이 보고 계셔, ヨシンニミ ポゴ ゲショ、以下ヨボショ)。冷静に考えたら韓国の方以外にはあまりなじみのない朝鮮戦争時代の南北の対立を扱っているので決してわかりやすい物語ではないのですが、そういった特定の時代や地域を超えた親子の絆や友情などの普遍的なテーマの部分が観劇後に少しほろ苦いけど清涼感のある余韻を残してくれる作品です。それを裏付けるように本作品は去年2019年から今年2020年の年初にかけて6シーズン目の公演を迎えた再演を繰り返している人気作品。2014年には世田谷パブリックシアターで来日公演もあったので、日本で観たという方もいらっしゃるかと思います。作品の登場人物紹介やあらすじは私がこの作品を初めて観劇した2017年-2018年シーズン公演の観劇レポに書いているので、よかったらこちらもご参照ください。

2017-2018年シーズン公演の観劇レポ
theatre-goer.hatenablog.com
 

 2019-2020年シーズンのヨボショの公演期間はCOVID-19の影響により世界各国で渡航規制が厳格化する前だったこともあり、実は3回観劇していたりします。それでもすべての役がマルチキャストとなっている本作品。今回の配信公演のキャストで私が生で観れたのはドンヒョン役のプンレさんだけだったので、キャストが変わって、また雰囲気が変わったヨボショの公演を観ることができてとてもうれしかったです。

 ヨンボム役のソ・ギョンスさんを私が初めて拝見したのがミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』のゲイブ1役。そんなこともあって30代の子煩悩パパのヨンボム役をギョンスさんが演じるイメージが最初は湧かなかったのですが、すごく頼り甲斐のありそうな軍人らしいたくましさと懐の広い優しさを兼ね備えたギョンスさん独自のヨンボムでとてもよかったです。少しネタバレになりますが、最後の別れの場面では自らすっと先にチャンソプに握手のための手を差し出すギョンスヨンボム。ギョンスさんのヨンボムから感じる実直な温かさを感じてとても好きでした。ジュニさんのスノはとても繊細で感受性の高い少年でありつつも「女神様」を純粋に信じていると振る舞う可愛らしくてあざとい姿が、一見血も涙も無いけど実は一番裏表が少なくて不器用で素直で優しいソクウォンさんのチャンソプとの対比が鮮やかでよかったです。ジファンさんのソックのヌナソング2にもグッときたし、テファさんのジュファも憎めない愛らしさのあるキャラでよかった。そしてジスクさんはさすが元祖女神様、と感じさせる演じ分けも包容力も抜群の女神様でした。

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 ちょっと脇道にそれた話をすると、今回改めて思ったのは「ヌナ3だとかヒョン4を英語にするの超ムズイな!」ということ。日本語に訳すときも難しいですが、sisterもbrotherも年上、年下の区別がない言葉なのでより難しい上に英語では「近所のお姉さん」的な表現もないので、今回の字幕だとソックは実の姉を口説いているか、超がつくシスコンのように捉えられてしまうのでは、と妙なところが気になったり。翻訳は奥が深くて難しいです…と謎の締めであえて終わってみます。(←)

舞台『赤壁』《2020.9.2》

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 曹操:アン・イホさん
 程昱:カン・ナヒョンさん
 劉備:ファン・ギュチョルさん
 関羽:チェ・ジョンウォンさん
 張飛:イ・サンファさん
 孔明:イム・ジスさん
 子龍(趙雲:キム・ハヨンさん
 周瑜イ・ジンジュさん
 導唱:チョン・ジヘさん

 「K-Musical On Air」で配信された舞台作品の中でも特に少し異色なのが舞台赤壁(적벽, Red Cliff)。「K-Musical」とわざわざ銘打っているシリーズであるのにも関わらず私がこの作品をミュージカルと呼ぶのに躊躇してしまうのは『赤壁』はパンソリと舞踏の舞台であるという印象がとても強いからです。「そもそもパンソリって何?」という方もいらっしゃるかと思いますが、パンソリ(판소리)は朝鮮の伝統的民俗芸能で、18世紀頃から庶民の娯楽として広まって演じられた口承文芸のひとつ。扇子を片手に立って歌う歌い手(ソリックン 소리꾼)と太鼓の奏者(コス 고수)により演じられ、歌い手の独特の歌唱法や鼓の拍子が特徴的です。個人的な印象を言うと詩吟と講談を合わせたような雰囲気を感じる伝統芸能です。今回の舞台『赤壁』は蜀と呉の連合軍が曹操率いる魏軍に対して大勝利を収めた赤壁の戦いを中心に『三国志演義』の物語を演じる伝統的なパンソリ演目の『赤壁歌』を現代的な演出でギュッと90分に凝縮した作品。パンソリの重要な小道具である扇子が大活躍し、さらに躍動的な舞踏が合わさることによってとてもダイナミックで躍動感あふれるかっこいい舞台となっています。

 今回の「K-Musical On Air」の配信の前にも実は生中継のオンライン配信があった『赤壁』の舞台。その時は曹操役と程昱役のソリクンの方が別キャストで前回は曹操役がミュージカル『アランガ』でパンソリ部分の演出を担当されていたパク・イネさん(女性)で、程昱がハン・ジスさん(男性)。今回の配信では曹操が男性のアン・イホさんで程昱を女性のカン・ナヒョンさんが演じられていたのでまたガラッと違った雰囲気で楽しめました。ちなみに登場人物は男性がほとんどの『赤壁』の舞台ですが、孔明役、趙雲役、周瑜役のソリクンさんは全員女性です。趙雲役のハヨンさんはきつく結い上げたドレッドロックの髪とキリッとした涼しげな目元がとてもハンサムな方。劇中で演じられる単騎での主君の幼子奪還劇の大立ち回りがめちゃくちゃかっこいい。タイトルの赤壁の戦いはもちろん、劉備関羽張飛の三人の義兄弟たちの桃園の誓いや諸葛孔明を配下に迎えるための三顧の礼など他にも三国志ファンにとってはおなじみのエピソード満載です。

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 舞って翻したときの軌跡を計算してデザインされたと思われるモダンな衣装、扇子をザッと開くときの音…。前回の配信でも思いましたが、この作品は絶対生で観ると感じる熱気が全然違うと思うのでいつかライブで是非とも観たい作品です。

ミュージカル『ザ・フィクション』《2020.9.3》

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 グレイ・ハント:パク・ユドクさん
 ホワイト・ヒスマンパク・ジョンウォンさん
 ヒュー・デッカー/ブラック:アン・ジファンさん

 去年気づいたら7回も観ていたミュージカル『ザ・フィクション』(더 픽션, The Fiction)。そんな作品が今回の「K-Musical On Air」のラインナップに入っており、さらに出演キャストとして推し俳優様の一人のパク・ユドクさんの名前が挙げられていたのもとてもうれしいニュースでした。

2019年公演の観劇レポはこちら
キャストによる印象の違いの感想メインなのであまり物語の理解には役に立たないかも…。 theatre-goer.hatenablog.com
 

 ユドクさんが演じるグレイ先生はホワイトに心を開いた後の穏やかな表情に人の良さが滲み出ているようで、その優しさゆえの苦悩と葛藤が痛々しく。対照的にジョンウォンさんのホワイトはグレイとの距離が近くにつれて見えてくる心の闇の深さにゾワッとする感覚は配信でも変わらず。去年観劇した際にはフラットでニュートラルな立場で事件を眺めているように感じたジファンさんのヒュー。映像ならではアップショットで表情を確認できたことによる印象の違いでしょうか、配信でのジファンさんのヒューには使命感や正義感をより強く感じました。ロック調の楽曲や小劇場ながらもお盆が回る演出もやっぱり印象的。

 英語字幕がついたことによって、生観劇の際によく理解できていなかった物語の細かい部分も理解できるようになったのもうれしかったです。ネタバレになってしまいますが、実際には殺人には手を出していなかったホワイトをグレイが庇って罪を被って自殺したというのが事件の真相。今回の配信の前ではグレイがホワイトを信じていなかったことに少しモヤッとする部分があったのです。4件目の「連続」殺人事件の偽装を焦って失敗したホワイトが小説を現実にするためにいつかは実際に殺人に手を染める可能性がなかったと言い切れるのかと指摘したヒュー。これによってグレイがホワイトが本当に手を汚してしまうために止めようと考えていた可能性やら、そこまでホワイト心の闇が深かった可能性が見えてきて、何やらとても切ない気持ちになりました。

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 ちなみに今回のシリーズで配信された作品の中では本作が一番英語字幕が好みでした。『ファンレター』と『女神様が見ている』は朝鮮の人たちが主人公、『赤壁』は三国時代の中国が舞台となっていますが、『ザ・フィクション』は大陸を飛び越えたニューヨークを舞台とした作品。出演キャストが三人という少人数に絞られた一幕もののミュージカルという最近の大学路ミュージカルに特徴的なスタイルをとっている本作ですが、舞台設定やミステリー仕立ての物語などは4作品の中で一番英語文化圏との相性が良いのかもしれません。

まとめ

 「K-Musical On Air」の4日間に渡った公演配信のラインナップはとてもバラエティに溢れている韓国オリジナル作品ばかり。韓国ミュージカル界の広い裾野を改めて感じました。韓国創作ミュージカルが大好きで、その良さを広くいろんな人たちに知ってもらう上でもまたとない機会となったので、本当に主催の韓国観光公社とK-PERFORMANCEにはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。配信だけではなく、生でまた舞台を観れる日がくることを指折り数えながら祈っています。


  1. ゲイブは17歳のティーンの役。

  2. 正式な曲名は「つぼみ」(꽃봉오리)。

  3. 누나. 姉、または年上の親しい女性(男性から見たときの表現)

  4. 형. 兄、または年上の親しい男性(男性から見たときの表現)