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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『20年後のあなたに会いたくて』@ Tokyo Metropolitan Theatre, Tokyo《2021.12.11ソワレ》

ミュージカル『20年後のあなたに会いたくて』キャストのサイン入りポスター

 TipTapさんの新作であること、ミュージカル『SMOKE』で海役を好演していた中村翼さんが出演するということで気になっていたミュージカル『20年後のあなたに会いたくて』。公演期間は2021年12月9日から2021年12月12日までととても短いランだったのですが、張り切って先行抽選でチケットを取って東京芸術劇場シアターウエストへ行って参りました。先に結論を書くと、観に行って大正解!この季節にぴったりで温かく愛に溢れた優しい作品で大満足でした。キャストのみなさまは下記の通り。ちなみに劇場入場時に配布されたパンフレットには役名は記載されていなかったので、勝手に私が付けた役名であることをご了承ください。

 :田村良太さん
 :仙名彩世さん
 医師彩吹真央さん
 編集長:吉野圭吾さん
 妻の母:白木美貴子さん
 看護師:池谷祐子さん
 :敷村珠夕さん
 娘の彼氏:中村翼さん

作品紹介

 文化庁の「ARTS for the future!」の補助対象事業としても選定されているミュージカル『20年後のあなたに会いたくて』。公演主催のTipTapさんは早稲田大学のミュージカル研究会出身の方々を中心に結成された劇団を母体としているミュージカルプロデュースユニットで、上田一豪さん作・演出、小澤時史さんによる音楽のオリジナル作品を継続的に世に送り出しています。今回の新作もこのお二人によるもの。人が生きること、死ぬこととはどういうことなのか?人類の永遠の命題とも呼べるこの疑問を真摯に観客に投げかけてくるように感じる作品を多く発表している二人。作品紹介と書きながら半分感想を書いてしまっていますが、今回の作品もその流れを汲むテーマを感じられるミュージカルとなっています。作品の美術とプロデューサーを担当しているのは上田さんと公私を共にするパートナーでもある柴田麻衣子さん。パンフレットに依ると、元々上田さんはコロナ禍に感じた不安や怒りを題材にした別の作品を書き上げていたそうですが、それに代わって今回の作品を上演することを決断したのも柴田さんとのことでした。

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)

あらすじ

 とある年若い男女のカップルは結婚式の準備を進めていた。結婚式で読み上げる予定の感謝の気持ちを綴った手紙を読み上げてみる女性。練習をする彼女の元に恋人の彼が持ち運んで来たのは彼女の母親から届いた小包。開封をしてみると中から出てきたのは結婚式の様子を描いたイラストだった。

 イラストを描いた当人である彼女の母親は娘が生まれたばかりの頃に思いを馳せる。イラストレーターの仕事の締め切りに追われながらの子育ての日々だったこと。産後も悪阻のような胃の不調が続いたこと。なかなか寝付いてくれなかった娘に困っていたのに、育児を手伝ってくれた実家の母の手にかかると娘がすぐに眠ってくれたこと。娘の父であり雑誌ライターの夫が残業続きでなかなか早く家に帰ってきてくれなかったこと。20年前の、娘が生まれて間もない頃のその日々。

 ある日、長引く「胃炎」に対するセカンドオピニオンをもらうため、彼女は夫の上司である変わり者の編集長から紹介された凄腕の女医の診察を受ける。精密検査の結果、「胃炎」と診断されていた不調の正体は胃ガンであることが判明し、手術と治療を受けた上で奇跡が起きなければ余命は半年であると告げられる。

 オカルト雑誌のライターとしての知識をフル稼働させ、毎日のように「病気を克服するための秘策」を入院中の妻の病室に持ち込んでくる夫。未来から治療薬を届けるためにタイムマシーンの研究をすると大真面目に言い出した夫に呆れながらも荒唐無稽な話に笑って付き合う妻。ほどなくして訪れた季節外れの雷雨の日。大きな落雷の後になぜかサンタクロースの格好をした夫が彼女の前に現れる。彼は妻を救うために20年後の未来からやってきたと主張するが...。

感想

 なんて温かい愛と奇跡に溢れた作品なんだろう。観劇後、盛大に鼻水をすすりながら考えたのはそんなことでした。ラストの20歳になった娘ちゃんの結婚式の場面。この場に集まった面々は20年前に夫が妻に聞かせた結婚式の参列者で、全員が20年経った後も「彼女のいる未来」を実現するために集まったのだと考えるとなんて優しい愛おしい人たちなんだろうと考えずにいられません。父が描いた「20歳のときに結婚する」という娘の未来はともすれば一種の呪いになりかねない危険性を孕んでいます。だけど、娘ちゃんは両親の愛情を純粋に受けとめてすくすくと真っ直ぐに育ち、学生結婚をも受け入れてくれる最愛の人を見つけている。そんなこともひっくるめて夫が妻にクリスマスの日にプレゼントした20年分の未来は奇跡と愛と希望に溢れています。早い、遅いはあれ、誰にも平等に訪れて逃れられない死。人の手ではどうしようもなくて避けれないことはあっても、心持ちや行動次第でなんとかしようがあることに対しては考えうる最高のハッピーな結末を用意してくれるこの作品は本当に心を温めてくれる優しい作品だと思います。

 優しくて愛情に溢れているけど時々突拍子もない夫に対しては割とツンな対応なのに、そんなところも含めて夫を愛おしく思っていることがしみじみと伝わってきて、突如自分に降りかかった受け入れがたい現実に対する不安、怒り、悲しみ、受容の演技が素晴らしかった妻役の仙名さん。かすれるような小さな声で歌うナンバーの切実な響きがとても胸に刺さりました。永遠の少年の雰囲気がありながらも、サンタクロースの衣装で登場するときは薄くなった頭髪の分だけ人生経験による深みと優しさを身につけたように感じた田村さんの夫もすごく良くて。ラストシーンで妻が「私はハゲてるお父さんも好きでした!」と大声で叫ぶ気持ちがすごくわかります。実際、夫は妻に20年分の未来をプレゼントするために彼女の入院から手術の日までの短い間に20年、もしかしたらそれ以上の年輪を重ねたのだと思えるのです。

 脇を固めるキャストのみなさんも全員とても良くて。タメ口と丁寧語が入り混じる話し方の雰囲気からきっと妻と同年代なんだろうなと感じる明るく溌剌としたヤムチャ派の看護師を演じていた池谷さん。ちなみに私は滅びの未来から来た彼もかっこよくて素敵だけど、平和な未来の中で少し楽天的に育ったGT版の未来トランクスも結構好き派です。(長い)そんな他愛のない話を彼女としてみたいな、と思いました。おっとりしていながらも女手一つで娘を育て上げたしっかり者で働き者の雰囲気と愛情深さを感じる白木さん演じる妻のお母さん。声を殺して静かに娘を儚んですすり泣く母の姿にはいっぱいもらい泣きをしました。悲しみを持て余す登場人物たちの心境に引き摺られて暗く沈んだ気持ちを絶妙なタイミングで挿入される笑いで掬い上げてくれる登場人物筆頭の編集長を演じていた吉野さん。凛とした立ち姿が誰よりもかっこよくて、一見クールだけどとても情の深い女医さん役の彩吹さん。二人の会話のやり取りには素直になれない不器用な夢追い人の大人の雰囲気を濃密に感じられるのがとても好きです。選んだパートナーとその対応の傾向を見るに、妻と女医先生は話し込む機会があれば凄く意気投合しそうだなという想像までしました。そして誰よりもキラキラと希望と夢に輝いている姿を見せないといけなく、出番は多くなくとも重要な役どころの娘ちゃんとその彼氏を演じていた敷村さんと中村さん。結婚の許しをお父さんにもらいにいく場面で、彼氏の話を聞いてくれないお父さんのハゲ頭を容赦無くポカポカ娘ちゃんが叩いている横で笑わずに神妙な顔を作らないといけない彼氏さんはリアルだとしても劇中の演技だとしてもどちらでも大変だな、と思わず吹きながら思ったり。20年後のさらに未来を照らす若い二人役にふさわしくフレッシュで眩しい二人でした。

絵本って...どんなに夢みたいな話でも、眺めていると本当にあったことのような気がしません?

と気心の知れた担当看護師に話していた妻。そんな彼女が夫が語り聞かせたまるで夢のような希望に満ち溢れたこれからの20年の物語を絵に描いたこと。それは妻も病院のベッドで過ごす日々の間に夫と共に20年分の日々を過ごしたことの証拠でもあり。絵を描くことを生業とする彼女とSF小説を書くことを夢見る彼の共同制作作品になっていると感じることも本当に素敵だと思いました。観劇後に改めてパンフレットに描かれたイラストを見ると、すべてのディテールに意味があることに気付ける仕掛けも然り。最初のミュージカルナンバーに張り巡らせられた奇跡の物語の伏線も。泣き笑いする登場人物と観客の感情にそっと寄り添ってくれる優しいピアノの旋律も。

 物語を聞くこと、読むこと、観ることによって時空を旅することができて、色んな人生を生きることができること。それはまさに私が劇場に足を運ぶ理由でもあります。固有名詞が与えられないことにより、それぞれ自分の身近な誰かのように感じられる愛おしい登場人物たち。彼らの晴れの日に一緒に参列した気分になり、自分も優しい彼らの家族の一員として生き抜いた気になり、泣きすぎて腫らした目で劇場を後にしたのでした。また、20年後の未来にもこの作品に再会できることを私も願っています。

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