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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】モダンスイマーズ『だからビリーは東京で』 @ Tokyo Metropolitan Theatre, Tokyo《2022.1.23マチネ》

東京芸術劇場シアターイーストのモダンスイマーズ『だからビリーは東京で』ポスター

 正月ボケが抜けきれない2022年1月某日。フォロイーさんのツイートにより日本版のミュージカル『ビリー・エリオット』を観て感動して役者を目指すことになった若者が主人公のお芝居があると知った私。こんなアイコンを使っていて、こんな名前の観劇ブログを書いているくらいビリー、とりわけ日本版ビリーに対して思い入れがある私としては観ないという選択肢はなく。迷わず東京芸術劇場のサイトからチケットをポチった後はタイムラインに度々流れてくる好評の感想ツイートに観劇する日がますます楽しみになりながら過ごし、そして本日無事幕を上げた公演を観てきました。結論から書くとめっちゃ良かったです。観劇後のマスクの中は涙と鼻水でグチャグチャになり、気持ちを落ち着かせるために立ち寄ったお手洗いではあまりにも自分の目が泣き腫らして赤いので恥ずかしくなってしまったくらい泣きました。そんな笑えながらもほろ苦く、でも温かさを感じる素敵な『だからビリーは東京で』の舞台に立っていたキャストのみなさまは以下の方々でした。

 石田凛太朗:名村辰さん
 住吉加恵:生越千晴さん
 能見洋一:津村知与支さん
 長井進古山憲太郎さん
 山路真美子:伊東沙保さん
 久保乃莉美:成田亜佑美さん
 石田恒久:西條義将さん

作品紹介

 『だからビリーは東京で』は舞台芸術学院で同期として出会った西條義将さんと蓬莱竜太さんによって1999年に旗揚げされた劇団モダンスイマーズの新作作品。結成から20年以上経つ西條さん主催のモダンスイマーズの作品の脚本と演出はすべて蓬莱さんが担当されています。本作は2019年の劇団結成20周年記念公演として上演された『ビューティフルワールド』以来、モダンスイマーズが2020年3月に一般社団法人になってから初めて上演される作品とのこと。冒頭に書いた通り、『だからビリーは東京で』は2017年に日本人キャストによる日本版が初演されたミュージカル『ビリー・エリオット』を観劇したことをきっかけに俳優を目指すことになった青年が主人公ですが、そんな彼が入った劇団ヨルノハテの団員たちにもスポットを当てた群青劇でもあります。また本作のクレジットをよくよく見ると、「製作:ヨルノハテ」との記載も発見することができます。

劇場で配布されたプログラムの裏面 劇場で配布されたプログラムの裏面
 

あらすじ

 2017年11月、地方から上京し東京で暮らす大学生の石田凛太朗は劇団ヨルノハテのオーディションを受けていた。オーディションで俳優を志すきっかけを聞かれた凛太朗は、急遽予定が変わってしまった知人の代わりに観たミュージカル『ビリー・エリオット』に衝撃を受けたこと、自分も打ち込める何かが欲しいことを熱っぽく話す。「なんでもやります!」と意気込む凛太朗。凛太朗がヨルノハテの公演を一回も観たことがないこと、劇団の作風と彼が感銘を受けたミュージカルとはだいぶ雰囲気が異なることを不安視する劇団員の意見もありつつも、たった一人だった入団希望者である凛太朗はあっさりとオーディションに合格。しかし客離れが進む劇団ヨルノハテは行き詰まっており、次の公演に向けての稽古も難航していた。他の劇団員たちの評によるといつもに増して難解な能見の制作途上のホンの稽古にも前向きに取り組んでいた凛太朗だったが、そんな最中に未曾有のパンデミックが世界を席巻し…。


モダンスイマーズ『だからビリーは東京で』公演に向けての蓬莱竜太氏コメント動画
 

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。しかも、別作品である『ビリー・エリオット』のネタバレまで含まれてしまっています…。)

感想

 最初にも書いた通り、私はミュージカル『ビリー・エリオット』が、とりわけ日本人キャストによる日本版のビリーが大好きです。ビリーへの割と重めの愛はすでに別のブログ記事にこれでもかというほど長々と書いたので、もし未読でしたら私のビリーへの想いの拗らせ具合をそちらで確認してもらったほうが以下の感想が入ってきやすいかもしれません。もちろん、『だからビリーは東京で』はビリーの話だけではありません。ですが、凛太朗の人生を変えた作品であるこのミュージカルは作中でかなり重要な要素を担っていたので、ミュージカルを未見の方にとっても、『ビリー・エリオット』が一人の人間にどんな熱狂をもたらしたのかを知ることは凛太朗の心情を理解する上での一助になるかもしれないという気がしています。こう書くと少しおこがましい気もしますが…。

 ビリー大好き人間としてはどうしてもあのミュージカル抜きでこの作品の感想を語ることが難しいのですが、劇中の凛太朗たちの姿を見つめながら私の頭に蘇ってきたのはミュージカルのオープニングナンバーである「The Stars Look Down」(星たちが見ている)の一節です。

あの星は影を見てる 光が生む影を

 長い時間をかけて戦ってきた炭鉱ストに敗れ、暗く深い炭鉱へと戻っていくビリーの父と兄、そしてロンドン行きの旅費をカンパしてくれたその仲間の炭鉱夫たちと彼らの期待をその小さな肩に背負って故郷を旅立つビリー。ミュージカル『ビリー・エリオット』は綺羅星のごとく輝くビリーの無限の可能性が眩いからこそ、星になれずゆっくりと死に絶えていく炭鉱町に残る人々の対比がとても残酷ながら鮮やかに美しく描かれています。ですが、『だからビリーは東京で』はさらにもう一つの残酷な可能性を目の前に突きつけてきます。期待を胸いっぱいに抱えて夢を叶えるために故郷から飛び出してきても、星になることはできず燃え尽きてしまうことだってあり得ることを。『だからビリーは東京で』は夢を叶えるために一歩を踏み出して歩き続けても、それでも「クソッたれダンサー」になれず、成し遂げたかったことを果たせずにいるたくさんの人々の物語だと感じました。

 クスッと笑えてコミカルに描かれている部分はあるものの、劇団ヨルノハテの団員がそれぞれに抱える事情は時に観ていて苦しくなるくらい現実的です。面倒極まりない方法で自分の自信のなさを周囲にアピールして、みんなに励ましてもらったり止めてもらったりしたい能見。長年付き合ってきた友人である真美子に心の奥底では鬱屈した感情を抱えていながらもそれを本人にはぶつけられずにいる乃莉美。とても気が強いようで、「しないという決意」が願望を口にすることへの無意識の恐怖に対する虚勢のように感じる真美子。悪人ではないものの、どこまでも自分本位に感じる長井。現実と理想のギャップに苦しみ、このままじゃ駄目だと焦りながらもギリギリまで握っているものを手放すことができず、でもそんな自分を周囲は許してくれるのではと期待してしまう加恵。完璧ではない「普通の人」たちである彼らの姿と関係性には自分自身にも繋がっているように感じる部分が各々あり、彼らの人間模様を見つめ続けることによって自分の中に様々な複雑な感情が交錯します。

 それぞれに行き詰まりを感じている劇団ヨルノハテの他のメンバーと比べると、やっと見つけた「打ち込めそうだし、続けられそう」なことに対して凛太朗はとても前向きに若い情熱に燃やして取り組みますが、それもコロナ禍によって舞台が「不要不急」のもの扱いになり、生活が苦しくなってからはその情熱の炎に陰りが見えてきます。アルコール依存症から克服するために別居中で年に一回会う父との関係もミュージカルのビリーとジャッキー1のようには上手くいきません。凛太朗が故郷を離れてロンドンへと旅立ったビリーには輝かしい未来だけが待っていてほしいと願う気持ち。ビリーにできないのであれば誰にも成し得無いんじゃないかと思ってしまうから、と凛太朗がポロリと漏らした弱音にはグサリと胸を貫かれました。そのある意味身勝手な希望は眩しい彼らに私自身が抱く祈りと同じなんだとハッと気付かされながらも、ビリーほどは若くはないけど、それでもまだまだ未来溢れる若者である凛太朗にも明るい未来を夢見続けてほしいと願わずにいられない。自分はそういう人間なんだと気付かされたような気分になりました。

 いつまで続くかわからないすっかりと変わってしまった私たちの日常。この作品を観ていると、先行きが不透明な未来の不安を抱えながら生きていくことは、何もコロナ禍から始まったことではなく、何かを成すために挑戦し続ける人たちの人生にはずっと付いて回ることなんだということにも気付かされます。

 劇団員たちの様々な事情が重なり、凛太朗が入団してから一度も公演を打つことなく解散することになってしまったヨルノハテ。「これで終わりってことですか?」とすぐには受け止められない気持ちを隠せずに凛太朗がこぼした言葉にはミュージカルでストの終わりを告げられたビリーの兄トニーの姿が散らつきます。考えてみれば、トニーはちょうど演劇を始めた凛太朗くらいの年かもしれません。劇団員たちの色んな事情が明るみになって起きた混乱の中、突如凛太朗が歌い出した「Electricity」(電気のように) 2は「Electricity」なのに「Angry Dance」(怒りのダンス)3に聞こえて、その様子はどこか滑稽で客席からは笑いも起きているのに私は嗚咽をこらえるのに必死でした。


2017年 ミュージカル『ビリー・エリオット』「Electricity」PV
本公演前の動画なので、本公演とは若干歌詞が異なります。
 

2017年 ミュージカル『ビリー・エリオットプレスコール
 

助けてください!
僕はここにいるはずではないんです!4

そんな悲痛な凛太朗の叫び声が聞こえてくるかのようでした。

 劇団員たちのしっちゃかめっちゃかの混乱が少し落ち着いた後に能見が切り出した「書きたいことができた」という話。どうしても凛太朗に一度舞台に立ってもらいたいと主張する能見に対して、稽古場は翌月には無くなってしまうのに今更どうするのかと問う真美子。観客は入れず、自分たちのためだけに自分たちのことを描いた戯曲をやるんだと珍しく力強い調子で訴える能見の様子を見て、自分は作品になるような人生は送ってきていないけど、と照れ臭そうに言う乃莉美。自分だってそうだと慌てて言う凛太朗の言葉に劇団員たちの間に一瞬温かい空気が流れた直後に、時間が巻き戻るように展開される凛太朗のオーディションの場面。舞台の冒頭とは違い、ビリーがきっかけとなって役者になりたいと考えたというエピソードを語ろうとして言葉に詰まって涙ぐんでしまう凛太朗。凛太朗を審査する劇団員を演じる先輩劇団員たちは後ろ姿しか見えないのに、彼らが凛太朗を見守る姿には優しい温かさが感じられて。私は再び嗚咽をこらえるために呼吸困難になるのでした。普通の人が普通に生きているだけでも色んなことがあり、それだけでも十分心震える物語になるんだ、そう作品から言ってもらえたような気がします。やりたいことをやれる範囲でやればいいんだよ、とも。

 願わくば、凛太朗らの前途に幸多からんことを。我々の前途にも幸多からんことを。このタイミングで観るのにこれ以上なくふさわしい、苦しくてヒリヒリするけど優しい東京のビリーの物語を世に送り出してくれたみなさまに心より感謝いたします。

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  1. ミュージカル『ビリー・エリオット』に登場するビリーの父親の名前。

  2. ミュージカル『ビリー・エリオット』でビリーがロンドンでのロイヤルバレエスクールのオーディションで踊っているときにどんな気持ちになるかを聞かれてその答えを歌って踊るナンバー

  3. ミュージカル『ビリー・エリオット』でビリーがロイヤルバレエスクールへのオーディションへの道を閉ざされ、怒りを爆発させる様子と激化する炭鉱ストの炭鉱夫たちと警察官たちのぶつかり合いの様子が交差する激しいダンスナンバー

  4. 何度も劇中で繰り返される台詞なのですが、私の残念な記憶力のせいでうろ覚えなので間違ってたらご指摘いただければ幸いです…。