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【観劇レポ】ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』(Next to Normal) @ Theatre Creation, Tokyo《2022.3.27マチネ》

ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』(Next to Normal) @ Theatre Creation, Tokyo

 日本初演で見事にドボンと沼落ちし、それ以来ずっと大好きなミュージカルであるネクスト・トゥ・ノーマル』(Next to Normal, 以下N2Nと略記)。今回日本で8年半ぶりに再演されるということで早速日比谷に行ってまいりました!初回は2013年の初演メンバー、N2Nのダイジェスト版が上演されたシアタークリエの10周年記念公演『TENTH』経験者が多数いるチームAで観劇。そんなチームAのキャストのみなさまは以下の方々でした。

 ダイアナ安蘭けいさん
 ゲイブ:海宝直人さん
 ダン:岡田浩暉さん
 ナタリー昆夏美さん
 ヘンリー:橋本良亮さん
 ドクター・マッデン新納慎也さん

2022.3.27 マチネのキャストボード
2022.3.27 マチネのキャストボード  

作品紹介

 2009年のトニー賞のオリジナル楽曲部門を含めた三部門、2010年のピュリッツァー賞戯曲部門で見事受賞を果たしたミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』はトム・キット (Tom Kitt) 氏の音楽、ブライアン・ヨーキー (Brian Yorkey) 氏の作詞、脚本によるロックミュージカルです。この作品がどのような紆余曲折を経て受賞に至るかは公演プログラムに詳しく書かれていますので、ここでは割愛いたします。冒頭にも書いた通り、ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』の日本初演は2013年。マイケル・グライフ (Michael Greif) 氏演出のブロードウェイ公演の完全レプリカ公演だった日本初演は作品がオフ・ブロードウェイで『Feeling Electric』という題名で上演されていた頃から作品に携わっていたローラ・ピエトロピント (Laura Pietropinto) 氏が日本版リステージを担当。ピエトロピント氏は同じくブロードウェイ公演のレプリカ公演として上演された韓国版のN2Nのリステージを手掛けています。レプリカ公演だった初演に対し、今回の2022年の再演は独自演出。再演版の演出を手掛けるのは劇団TipTap主催の上田一豪氏で、上田さんは『TENTH』のダイジェスト版の演出も担当されています。


2022年版ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』PV
 

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)

感想

 さて初演の観劇レポでも書きましたが、この作品はネタバレを踏んでしまうと面白さが半減してしまう可能性が高いので、これから初めてN2Nを観るという方は回れ右をすることをおすすめします。独自演出のネタバレを避けたい方も同じく回れ右を。以下、忖度なしにガンガンにネタバレをぶっこんでいきますので何卒よろしくお願いいたします。

 今回日本独自演出で新生版として開幕したN2Nですが、観ている最中も観終わった後でも感じたのは「私が大好きなN2Nが帰ってきてくれた(滂沱の涙)」です。静かに始まるピアノの1音目からラストノートまでとにかく音楽が良い!音楽を聞いてるだけでゾクゾクとするあの雰囲気は健在。そしてクリエの屋根を爆音で吹き飛ばしてくれそうなくらいな勢いの声量の歌ウマキャストによるロックボーカル。そしてみんな歌が上手いだけじゃなくて演技も上手い。あまりの幸せに幕間に


 

というようなカロリー高め(?)なツイートをせずにはいられないくらい色々感情が昂ぶっていました。その勢いのままこの観劇レポは書いているので、後で読み返してみたら色々と支離滅裂になっている可能性大ですが、何卒寛大なお心でスルーしていただけると幸甚に存じます。(←)

 まずは何より海宝さんのゲイブが理想のゲイブすぎる。ちょっと生意気で手が掛かるとこまで含めて理想の息子であるところとか、底知れなくてミステリアスな雰囲気でダイアナを自分側の世界へ誘惑する甘く艶やかな感じとか、自分の存在を否定されて傷付くハイティーンの感受性豊かな青年らしさとか、例を挙げると枚挙にいとまがないのですが、まさに私が観たかったゲイブがそこにいました。そしてタイトなTシャツとジーンズが似合いすぎる。実際には海宝さんはゲイブの設定年齢の倍ぐらい生きていて、もっと上の設定年齢の役でも何回か観ているのにちゃんと高校生に見えるのが凄い。逆に本当の高校生にはあの目力の強い妖艶な雰囲気はなかなか出せないと思うので、これぞ絶妙なキャスティング!と勝手に膝を叩いて喜んでいます。どなたか存じ上げませんが、チームAのキャストを決めた偉い人、ありがとうございます。I'm Aliveの最後でキーを上に上げるゲイブは初めて観たよ!死んでいるのに誰よりも生命力溢れる海宝ゲイブのまさに「生きている!」という存在感の強さが大好きです。

 ミュージカル『ビリー・エリオット』の2020年再演でウィルキンソン先生役で観て以来、観るたびにどんどん大好きになっていく安蘭けいさん。N2Nの初演でも勿論拝見していましたが、それは10年近く昔の話。久しぶりに観た安蘭さんのダイアナは記憶の中の数倍以上は軽くパワーアップしていて、ロックでエネルギッシュで吸引力抜群な安蘭さんのダイアナに気が付いたらメロメロになっていました。ダンがダイアナに惹かれた理由とか、なんだかんだ言いながらもお母さんが大好きなナタリーの気持ちが凄くわかるような気がします。ダイナミックだけど、同時に繊細でもある安蘭さんのダイアナ。記憶がリセットされ、それを取り戻そうと必死になる安蘭さんのダイアナの姿はとても真に迫っていて、オペラグラスでその表情が見る度に胸が掻き乱されて苦しくなりました。薬を断って新しい生活を始めるために家を出て行ったダイアナは身勝手にも感じられますが、その思い切りの良い潔さはどこかかっこよく。案外ナタリーとはその方がいい関係性を築けるのかもしれないなと思いました。

 安蘭さんと同じく初演組のドクター・マッデンとドクター・ファイン役の新納さん。新納さんのドクターは初演の頃からそのロックスターっぷりが大好きなのですが、それが変わらず健在でうれしい限りです。手足が長いから細身のブラックスーツがめっちゃ似合う。スタイルが良い。初演の時の記憶がすっかり飛んでいるのですが、新納さんのドクター・ファインって初演からあんなにコミカルな感じでしたっけ?サラサラのおかっぱに丸眼鏡というインパクトのあるビジュアルもさることながら、独特の口調も気になって仕方ありませんでした。ちなみに本日の公演ではMy Psychopharmacologist and Iの曲中でダイアナが椅子に座ったまま足を旋回させる部分でダイアナの足がドクター・ファインの弁慶の泣き所にクリーンヒット。痛くないかしらと心配しつつもちょっと笑ってしまいました。この曲はバックダンサーズとして歌って踊るゲイブ、ナタリー、ヘンリー、ダンが好きなのですが、お薬ダンサーズが眼鏡着用じゃなくなってしまったことは個人的に地味に残念でした(笑)初演に引き続き、見えては来ないドクター・マッデンの心の内にはあれこれと想像を巡らせてしまいます。

 初演や韓国での観劇では妻を献身的に支えて日々に忙殺されているうちに自分が息子の死と向き合う時間が取れなかった人とのしてのイメージが強かったダンですが、岡田さんが演じるダンはあれこれとダイアナの世話を焼くことに忙しいことを言い訳にゲイブの死や予定外だったダイアナとの結婚ときちんと向き合うことやナタリーとちゃんと対話することから逃げている人、という印象を受けました。公演プログラムに掲載されているチームAキャストの対談で岡田さんは

初演ではダンに共感するお客様が多かったという話があったけど、今回は共感させません!

と力強く息巻いていますが、岡田さんの演じるダン像は彼のちょっとダメで弱い部分も含めてそんな人間臭さが身近に感じられるダンだったと思います。今回再演を観て、ダンはN2Nが機能不全に陥った家族の物語であることを印象付ける上でとても重要な役だな、と思いました。特に二幕の終盤のゲイブとダンのやり取り、ナタリーとダンのやり取りはN2Nの中でも好きな場面です。I am the One は一幕の無印も好きですが、二幕のリプライズのベース音が不穏な空気を奏でている中、ゲイブの存在を否定しながらも強く意識しているダンにゲイブが少しずつ近づいていって、後ろから羽交い締めにする場面のゾクゾクする感じが本当に堪らなく好きで。ダンが涙交じりに劇中で誰も口にしなかったゲイブの名前を初めて口にして、ゲイブが切なげに返事をする一連のやり取りも、暗い部屋に一人呆然としているダンに対して、ダイアナが出て行ったことを悟ったナタリーがそれを予感していたかのように「そっか」とそっけなく呟いた後に「じゃあ二人だけということだね」と温かく優しい口調でダンに話しかける親娘の会話も涙なしには観れません。

 ダイアナが家を出て行った後もダンの傍に居続けることを選択したナタリーは本当に優しいいい子だなぁというのは初演から変わらない印象です。昆さんが演じるナタリーは声量豊かに歌い上げる場面も、震えるような小声で歌う場面も演技がのった歌が絶品で、どこかいつも拗ねていて素直になれないながらも愛情を欲している以上に愛情深い、私が大好きなナタリーでした。とにかくナタリーはあんなに一生懸命で優しくていい子なのに、両親から構ってもらえないのが不憫で不憫で。Maybe (Next to Normal)で母親に消えて欲しいと願いながらそれを一番恐れていたとダイアナに告白するナタリー。それは掛け値無しの彼女の本音だと思うんですが、「ママなんて信じない」と涙声でそっぽを向きながらも母親が変わろうとしていること、自分に向き合おうとしていることを汲み取ってそれに正面から向き合い、ダイアナが家を出て行ってもそれを恨むでもなく受け入れ、さらには自分と向き合ってこなかった父親のダンを支えようとする姿には本当に頭が下がります。でも、多分これはナタリーが一人では辿り着けなかった境地で、彼女の傍に一途な愛情をずっと注ぎ続けてくれるヘンリーの存在があったからこそナタリーは強くなれたのだと思うのです。

 そんなヘンリーを演じていた橋本さんはミュージカル初挑戦ということですが、橋本さんのヘンリーはナタリーのことがただただ好きで彼女を笑顔にしたい真っ直ぐな青年という印象。その飾らない自然体な雰囲気がとても良かったです。これは初演の観劇時にも書いたのですが、是非ヘンリーには「約束」だけを覚えているのではなく、その時の気持ちも忘れずに持ち続けてナタリーの心の拠り所になってくれたらな、と願わずにいれません。

 さて、登場人物たちと出演者のみなさまの印象について勢いだけで書き連ねてきましたが、ここで新演出についても少し言及を。新生N2Nでまず目に付くのは新しいセットです。初演は3階建ての解放感の溢れる雰囲気のセットで、ダイアナ役でトニー賞の主演女優賞を受賞したアリス・リプリー (Alice Ripley) さんの目元が描かれた観音開きの扉が印象的でしたが、今回の公演のセットは舞台が「家庭内」を中心に起きていることを強調しているように感じるドールハウスの骨組みのようなシルエットが印象的な二階建てのセット。なんと中央部分はお盆になっていて回転し、場面によってはドールハウスの骨組みが角度を変えて登場します。(フジテレビューさんの記事に新しいセットが確認できる写真が掲載されていたのでリンクを貼っておきます。)

 新しいセットはブロードウェイオリジナルのセットよりも奥行きのある立体的な作りになっているので、物語がフォーカスしている登場人物たちがいるセットの「表面」だけではなく、「裏面」も効果的に使っていて、そのタイミングではスポットライトを浴びていない登場人物の人生も見えないところで進み続けている印象を強く植えつけられました。お盆が回転すると、物語の視点も移り変わっていく。オリジナル演出の広々としたセットを縦横無尽に駆け巡るゲイブの姿が少し恋しい気もしましたが、新しいセットもオリジナルにはなかった良さがあって好きです。初演はビビッドな照明が印象的でしたが、今回の演出では全体的に明るさは抑えられている分、光が眩しく照らす場面のインパクトも強くなっているところも結構好みでした。

 訳詞は思い切って日本語ではなくて英語のままで歌う部分がだいぶ増えたように思います。N2Nを観劇する層はオリジナルの歌詞に慣れ親しんだ人たちも多いと思うので、その潔い割り切りは好意的に受け止めている人も多いと思います。個人的にもこれはこれでありかなと思いつつも日本語の響き、語感にこだわり抜いて作った全く新しい訳詞のN2Nも観てみたい気がしました。

 初演が終わった後に再演があれば通い詰めたいと願っていたN2Nですが、再演はチケッティングが大激戦で残念ながら「通う」と言えるほどは観れなさそうです。次は全員新キャストのNチームを一回、さらに公演終盤にAチームをもう一回観劇できる予定。次の観劇が楽しみながらも、すでに観終わってしまうことが寂しくなってしまっている私はきっとN2N中毒。しかしながら、この症状になっているのはきっと私だけではないと思うので、是非東宝さんには再々演を検討する際は長めのランをご検討いただきたいです。可能な限り通い詰める所存ですので、何卒!

ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』東宝公式サイト
www.tohostage.com  
チームNの観劇レポ
theatre-goer.hatenablog.com  

 

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