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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『レッドブック』(레드북, Red Book) @ Sejong Center for Performing Arts, Seoul

レッドブックキャスト

 女子の女子のための女子によるミュージカルという表現がとてもしっくりくる韓国創作ミュージカルレッドブック』(레드북, Red Book) をソウルの世宗文化会館Mシアターで観てきました!観劇された方々口々に「大股でスキップしたくなる」と言われていたこの作品。漏れなく私もハッピーな気分でそのスキップしたい族になりました。私が観劇した回のキャストのみなさまは下記の通り。

  1. [2018.3.10 ソワレ]
     アンナ (안나) : アイビーさん
     ブラウン (브라운) : イ・サンイさん
     ローレライ (로렐라이) : ホン・ウジンさん
  2. [2018.3.11 マチネ]
     アンナ : ユリアさん
     ブラウン : パク・ウンソクさん
     ローレライ : ホン・ウジンさん
  3. [2018.3.24 マチネ]
     アンナ : アイビーさん
     ブラウン: パク・ウンソクさん
     ローレライ : チ・ヒョンジュンさん
  4. [2018.3.25 マチネ]
     アンナ : ユリアさん
     ブラウン : イ・サンイさん
     ローレライ : ホン・ウジンさん

 本当は最初の2回観てそれで終わりにするつもりだったんですが、結局どうしてもまた観たくて3月の後半の渡韓の2枠も『レッドブック』にしてしまいました。むしろ2枠足してもまだ足りないよー (T_T)

作品紹介

 ミュージカル『レッドブック』は2017年の1月に2週間のトライアウト公演が行われています。当時、フォロイーさんに強くプッシュされてとても興味が惹かれながらも短い公演スケジュールに上手く観劇の枠をはめられなく見送った作品でした。今年に入っての本公演が始まり、実際に観劇された方々の絶賛の感想を耳にするたびにどんどん気になる作品に。脚本と作曲がミュージカル『女神様が見ている』のハン・チョンソクさんとイ・ソニョンさんだというのも、この作品が気になった理由のひとつ。気がついたら観る前から複数公演のチケットをポチっていた自分がいました(←)ちなみにミュージカル『女神様が見ている』に関する観劇レポはこちらで書いています。


 さて、幕間や観終わった後に私がどんなことをツイートしていたかというと...

 『女神様が見ている』も私が大好きな韓国創作ミュージカルの一つですが、『レッドブック』もそんな私のお気に入りに早速仲間入りです。

(以下、ネタバレが含まれるのでご注意ください。)

  まずはplayDBに掲載されているあらすじをざっくり意訳したものをご紹介します。

「私は悲しくなるたびにいやらしい想像をする」

 19世紀の英国のビクトリア時代、突拍子な小説家の女性と生真面目な弁護士青年の真っ赤なロマンチックコメディー

紳士の国、英国。その中でも最も保守的だったビクトリア時代。婚約者の前で初体験を告白して婚約破棄されて都会に出てきた女性、アンナ。 辛くて寂しい気持ちになるたびに初恋との隠微な思い出を浮かべながら一日一日を力強く生きていく。そんな彼女の前にある日、紳士中の紳士、ブラウンという青年が訪ねてくる。

 意図がよくわからないブラウンの胡散臭い応援を追い風に、女性たちだけの品格ある文化会、<ローレライの丘>に入って自分のいやらしい思い出を小説として書くようになったアンナ。しかし、女性が自分の身体のことを言及することさえタブー視されていた時代。 アンナの小説が掲載された雑誌「レッドブック」は、激しい社会的非難と危険に直面するが…

 と、このあらすじを読むだけでもかなり型破りな主人公であることがわかるアンナ。 あらすじを読んだだけではわかりませんが、アンナのお相手役であるブラウンもかなり型破りなヒーローとなっています。ある意味「理想的すぎる」と思われてしまうかもしれない『レッドブック』の物語ですが、私は幸せな気分させてくれるその優しい世界観が大好きです。

 掲載のあらすじだけでは、作品を観ていない人にどういった経緯でアンナが小説を書くことになったのかが少しわかりづらいと思いますので補足を追記します。(私自身の韓国語理解不足で間違った解釈をしている部分があるかもしれないことを何卒ご了承ください。)

 職を求めてロンドンに出てきたアンナは働いて生活の糧を得ようとするものの、なかなかそれがうまくいきません。求人を出しているお店に面接を受けに行けば、店主に「いき遅れたのか?」だの、「体は上手く使えるのか?」だのセクハラを受け、反撃したらなぜかアンナの方がおまわりさんに捕まってしまいます。そんな踏んだり蹴ったりの状況の中でも、同じ牢屋に入れられた乞食の少女に自分の悲しい時間をやり過ごす秘訣である「いやらしい想像をすること」を教えてあげて、友情を育んだりしたりなどとたくましいアンナ。

 そんなアンナのもとに昔アンナの雇い主だった老婦人ヴァイオレットの孫である弁護士のブラウンが身元を引き受けに来ます。ヴァイオレットはアンナに「得体の知れない助けを受けた」として彼女に遺産を遺していたのです。遺産相続の手続きの書類に目ざとくタイプミスを見つけたアンナは、ブラウンのタイピストとして雇ってもらい、そのお給金を受ける形でお金を受け取りたいと申し出ます。思いがけない申し出に戸惑うブラウンをよそに、ブラウンの「紳士三銃士」仲間のジャック、アンディを含んだ周囲(さらに観客も含む)を巻き込んで雇ってもらうことを既成事実化するやっぱりたくましいアンナ。

 アンナが自分の事務所で働くことになったということで、女性との接しかたを書いたハウツー本を本人に隠れて熱心に読み込むブラウン。ブラウンの戸惑いには彼が女性慣れしていないことも含まれていたのでした。しかし、ブラウンのイメージする女性像をことごとく裏切っていくのが我らがアンナ。遠慮しない率直な物言いに、豪快な態度。早い話、割とガサツなアンナが近くにいると、繊細でヘタレなブラウンの心臓には負担がかかりまくりなわけです。弁護士の巧みな話術により、「美しい貴方を信じている。貴方は祖母を助けたというその得体の知れない力を職業にするといい」とアンナを胡散臭く応援。「アンナの力が発揮できる仕事」を探すために彼女を本屋へと連れて行きます。

 本屋に来たアンナは、女装の編集者ローレライが顧問を務める女性の文人団体「ローレライの丘」のメンバー達が執筆した小説の雑誌を売り込もうとしているところに遭遇します。ローレライに手渡された「女性達が書いた物語」の雑誌を手にしたことをきっかけに、ヴァイオレットが「アンナ、話をきかせなさい」と彼女の話をせがんだことを思い出すアンナ。実は、アンナは夫と死別後長年寂しく一人で生きていたヴァイオレットに自分の経験を官能的な物語として聞かせることによってバイオレットの生活に刺激を与え、ヴァイオレットが胸に秘めていた庭師のヘンリーの想いを表に出していくきっかけを作った、というのが「得体の知れない助け」の正体だったのでした。そんな記憶も後押しにして、アンナは小説家になることを決意するのです。

 はい、元の文章より何倍も長い文章はもはや補足ではありませんね...。

レッドブックの魅力

中毒性の高い音楽

 『レッドブック』の魅力は本当に数え切れないのですが、その中でもやっぱり「これは外せない!」というのはその音楽の魅力。どの曲も本当に良くて、観るたびにどんどん中毒性が増していって脳内をエンドレスループ。作品の公式ツイッターから「OSTを出す計画はありません」という異例のツイートが発表されるくらい、きっと販売を希望するファンの問い合わせが殺到したのではと思われます。

 きっと再演があるだろうし、再演のタイミングで「今度こそ観たい!」という方もいるんじゃないかなぁという予感がしている『レッドブック』。その時はぜひぜひOSTの発売をお願いいたします。お金の問題だけなら、きっとクラウドファンディングにすればあっという間に費用は集まると思うよ!というかどれだけ積めば出してくれますか?!(←)

 本当にどの曲も大好きなんですが、特に私が好きなのは「アンナ、話を聞かせなさい」(안나, 이야기를 들려주렴)「古びた寝台に乗って」(낡은 침대를 타고)「私は私を語る人」(나는 나를 말하는 사람) です。でも「私たちはローレライの丘の女性たち」(우리는 로렐라이 언덕의 여인들)も好きだし、頭をぐるぐるするし、「愛はまるで」(사랑은 마치) も好きだし、「私はいやらしい女」 (나는 야한 여자) はブワッと鳥肌が立つし、「貴方もそうです」 (당신도 그래요) も捨て難い... (←結局ほとんど絞れてない)

 「アンナ、話を聞かせなさい」は先述の通り、アンナとヴァイオレットの思い出とアンナが小説家になることを決意するに至るまでを曲に乗せたナンバーなのですが、アップテンポで明るい曲調に合わせてアンナのメイド仲間たち(+お姉系執事男子)が踊る洗濯物のシーツを使ったダンスがめちゃくちゃ可愛くて大好きです。ヴァイオレットと一緒にアンナの話を聞きながら、ヴァイオレット以上に身悶えしているのもめちゃ可愛い。ツンデレなヴァイオレットの可愛さも、アンナが妄想するヴァイオレット視点のヘンリーの逞しさ(と私は思っている)もコミカルで楽しい。本当に楽しくて可愛いナンバーなので、本公演の動画が残っていないのがちょっと残念。代わりにリーディングの動画を見つけたので貼り付けておきます。ヴァイオレット役は本公演と同じくキム・グッキさんでアンナ役はイ・ジスクさんです。本公演ではダンスと小道具使い、そして妄想ビジョンのヘンリーのワイルドさがさらにパワーアップしていたのですよ!

  「古びた寝台に乗って」も舞台のビジュアル込みで大好きなナンバーです。アンナの書く小説に登場する「フクロウ」。アンナの初めての人をモデルとした少年で、アンナが自分を慰めるための想像やヴァイオレットに聞かせた物語にも登場するアンナの大切な思い出の彼。初めて会った時にアンナはブラウンのことを<フクロウ>と勘違いしてしまうほど彼らは外見が似ている、という設定です。アンナの小説では<フクロウ>は古びた寝台に乗って、<少女>とともに彼らがいちばん好きな想像の力で様々な場所へ行き冒険を繰り広げる。それがブラウンの中では、<少女>はアンナ、<フクロウ>は自分自身に置き換わって描写される。「女性が官能的な小説を書くなんて」と思っているブラウンが、アンナの小説の抗い難い魅力にのめり込んでいく様子も見事に表現されていて、そんなところも大好きなナンバーです。自分で読み始めながら「やめろ!やめろ!」と叫び、結局我慢できずに続きを読み始め、動揺しまくるブラウンが可愛すぎる。寝台を動かしているのが密かにブラウンの紳士三銃士仲間のアンディとジャック役の役者さんというのもこれがブラウンの想像だと考えるとちょっと面白い(笑)

  物語終盤のクライマックスで歌われる「私は私を語る人」。実は『レッドブック』で私がいちばん好きなエピソードはこの曲が歌われる直前で、その流れから毎回この曲では観ながら泣いていたと思います。いきなり時間軸が飛んでしまうので、少し遡ってこの曲に辿り着くまでを説明します。

 「ローレライの丘」のメンバーとなったアンナが書いた官能的な小説はたちまち大評判となり、著名な評論家のディック・ジョンソン氏にも注目されます。招待を受けて彼に会いに行ったアンナは、ジョンソンにセクハラされ、「小説はなかなか面白いが<フクロウ>はもどかしくてよろしくない」とけなされ、「より魅力的な小説を書くためには新たなミューズが必要」という建前のもと「私を利用するのはどうかね?」とアンナに性的な関係を持つよう迫ります。怒ったアンナはジョンソンのジョンソン(←)を殴って脱出。ジョンソンの悪い噂を知っているブラウンはアンナを心配して彼女の元へと駆け付けましたが、ジョンソンは見事撃退された後。顔合わせると喧嘩ばっかりのアンナとブラウンはそれをきっかけに、喧嘩しながら、とても彼ららしい形でお互いがお互いに抱いている想いを告白して結ばれます。(「貴方もそうです」

  アンナさんが豪快でブラウンが乙女でかわいい。ブラウンが「星はどれだけ遠い存在かわからないくらい遠いけど美しい。貴方も私にとってそうだ」というのが凄く好きです。

 ここで「二人は末長く幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」とならないのがこの物語。セクハラ批評家ジョンソン氏は、アンナに成敗されたことの腹いせに人々を煽り、買収し、「レッドブックは退廃的で公序良俗を乱す危険な読み物で排除するべきだ」(多分)というような評判を流布させます。事態はレッドブックの発禁を求めるデモが起こるような状態にまで発展し、アンナは猥褻な小説を書いた被告人として裁判にかけられることになってしまい、再び牢屋送りとなってしまいます。

 牢屋に面会に来たブラウンはアンナを助けるための手段として、精神病患者に対して無罪の判決が下された事例を話し、アンナに対しても気が触れていたのだと説明するように説得します。しかしアンナは「読者に自分は狂った人が書いていた小説をいままで読んでいたのだと思われたくない」と言い、ブラウンの提案を受け入れることを拒みます。「君が考え直してくれることを信じているよ」と言い残し、去っていくブラウン。その後アンナに来たのはローレライと「ローレライの丘」のメンバーの中でもとりわけアンナと仲がいい、離れて暮らしている息子のために読ませたい小説を書いているドロシー。夫が息子ともう会わせないと言いだしたと泣き縋りながらも謝るアンナに「アンナのせいではない」というドロシーに「貴方の選択を支援します」と帰り際に告げるローレライ。自分の選択が与える影響を考えて揺れるアンナ。そんなアンナに呼びかける声がありました。

 それは初めてアンナが以前牢屋で出会った乞食の少女。レッドブックが読みたくて文字を読むことを習ったことを語ります。 

 レッドブックの小説の主人公がどうなるかをアンナに尋ねる少女。「ハッピー・エンディングでしょう?」「彼女が幸せになるなら、私も幸せになれるように思うんです」と看守に引きずられながらも必死に伝えようとする彼女。もうこの辺から私の涙のダムは決壊です(T_T) アンナにとって裁判で偽証することは自分自身を、自分の書いたもの信じた読者たちを否定することにも等しいこと。「ごめんなさいブラウン。貴方が言う通りにはできないみたいです。だけどありがとう」と言い、ありのままを伝える覚悟を決めるアンナの涙に揺れながらも意志が強く光る瞳に胸を打たれるのです。

 個性豊かな登場人物たち

 ブラウンの友達で「紳士達三銃士」のアンディとジャック、ブラウンのお祖母様でアンナの昔の雇い主だったヴァイオレットと彼女が想いを寄せる庭師のヘンリー...主人公のアンナとブラウン以外の登場人物たちも本当に個性豊かで大好きなのですが、中でも私が好きなのはローレライと「ローレライの丘」に参加する女流作家たちがなぜ「ローレライ」であるのかの設定。後者は「私たちはローレライの丘の女性たち」(우리는 로렐라이 언덕의 여인들) 、前者はローレライ」(로렐라이) という曲の中の台詞と歌詞の中でその内容が語られます。

 オースティンの『プライドと偏見』が大好きでその続編を読みたくて自分で書いているジュリア、夫を殺してやりたいという強い願望を小説の中で実現するコレル、現在進行形で初恋中の人とのめくるめくラブロマンスを書いている奥手のメアリー。理由はそれぞれ違いますが、「ローレライの丘」の女性たちは自分たちのために、自分のやりたいことを実現するために筆を取っているのです。

 そして私が『レッドブック』の世界観が大好きである一番大きな要素になっているのかもしれないのがローレライの存在です。ローレライは先述の通り、女装の男性編集者。実はローレライの名前はかつて彼が愛した女性の名前を借りた名前なのです。自由奔放で恋多き女性だった「ローレライ」。そんな「ローレライ」が彼女らしく生きられる世界にするためにはどうすればいいかを考えた上で彼が考えた結論は、自ら同じように装い、考え、女性たちが自由に生きるために支援をするということ。「ローレライの丘」の発足理由も、そんな動機によるものなのです。なんというありがたみに拝みたくなるような設定!ある意味アンナ以上に規格外で型破りなローレライの生き方。実に楽しそうにいきいきと自分が信じる道を爆走するローレライ。「こんな人が本当に身近にいればいいのに!」と思わずにはいられない大好きなキャラクターです。

 そして、ローレライと対比的な存在として描かれているのが件のセクハラ批評家のジョンソンです。ジョンソン氏のファースト・ネームがディックというのもなんとも象徴的。自分のために女性を利用し、権力を振りかざして人々を扇動するジョンソンに対して、女性のために地道に活動を積み上げて人々の意識の変化を促そうとするローレライ。ジョンソンがレッドブックの悪評を広めようと暗躍する「狂った 狂ってる 世も末だ」(돌았군 돌았어 말세야)ローレライレッドブックを荷車に乗せて売りさばく「なんと いったい まさか」(어머나 세상에 맙소사) のリプライズになっていることや、ローレライが荷車に乗って手でレッドブックに夢中な読者たちの感想に対して指揮をするような仕草に対して、ジョンソンも指揮棒を振りながらレッドブックの評判を貶めていく姿が描かれることにも製作陣の明示的な意図を感じます。

 改めて考えてみると、ブラウン、ローレライ、ジョンソンは女性にとって男性がどのような立ち位置の存在になり得るか、というのを象徴しているような気もしてきます。対比的なローレライとジョンソンに対して、ブラウンはどのように変わることができるかの可能性を示す存在なのかな、と。そのようなメッセージを感じる作品が男性の脚本家と女性作曲家のタッグによって製作されたというのもそれだけでうれしくて、なんだか泣けてくるのです。

 おもちゃ箱をひっくり返したような個性豊かな登場人物たちが、これまた個性豊かな俳優様たちに演じられているのも『レッドブック』の大きな魅力のひとつ!ちょっと小悪魔で姉御肌なアイビーさんのアンナに鈍すぎるとこもかわいい小動物的な雰囲気がするサンイさんのブラウン、強さと同じくらいの繊細さの対比が鮮やかな印象に残るユリアさんのアンナに言っていることとやっていることがチグハグなのが笑顔を誘うウンソクさんのブラウン、エレガントかつ男前なヒョンジュンさんのローレライとアンナもブラウンも丸ごと抱きしめてくれるウジンさんのローレライ...。脇を固めるキャストのみなさんも本当に、本当に魅力的です。できれば同じキャストのみなさんでまた観たい...(T_T)

レッドブックを観た後

 奇しくも Me Too運動が世間を席巻している渦中で上演された『レッドブック』。『レッドブック』は、そんな女性たちの戦いの結果、得られるかもしれない世界を見せてくれるような気分にさせてくれます。目を背けたくなるような現実を観客の前に突きつけて、爪痕のような余韻を残す作品もそれはそれで面白いのですが、「こういう大円団でみんなハッピーになれるといいよね。できるはずだよね」という前向きなメッセージを感じるからこそ、『レッドブック』を観ると、とてつもない幸福感に包まれ、その懐の深さに縋り付いて泣きたくなるのだと思うのです。「彼女が幸せになるなら、私も幸せになれるように思うんです」という少女の台詞。これは私自身の思いでもあるんだ、と気づくのです。

 結局アンナはどうなってしまうのか?ひとまずこの作品がハッピーエンドであり、私も幸せな気分になれたことは保証しておきます。