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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『私とナターシャと白いロバ』(나와 나타샤와 흰 당나귀) @ Uniplex, Seoul《2017.11.3-2017.12.29》

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 2016-2017年の初演が大好評に終わった韓国創作ミュージカルの『私とナターシャと白いロバ』(나와 나타샤와 흰 당나귀) が早速2017年の秋から大学路ユニプレックスで再演されました。初演のキャストに加えて、ジャヤ、ペクソク、サネ役それぞれに新しいキャストが加わった今回の再演。二人の新しいペクソクとジャヤ、サネ一人と初演キャストだけど前回観れなかったアン・ジェヨンさんのサネを今シーズン観ることができたので、それぞれのキャストの印象の違いなどをまとめてみたいと思います。

  私の今期の観劇日程とキャストは以下の通りです。

  1. [2017.11.3 ソワレ] (1枚目のキャストボードの写真)
     ペクソク(白石, 백석) : キム・ギョンス さん
     ジャヤ(子夜, 자야) : クァク・ソニョン さん
     サネ(男, 사내) : キム・パダ さん
  2. [2017.11.25 マチネ] (2枚目のキャストボードの写真)
     ペクソク : コ・サンホ さん
     ジャヤ : チョン・ウンソン さん
     サネ : キム・パダ さん
  3. [2017.12.29 ソワレ] (3枚目のキャストボードの写真)
     ペクソク : カン・ピルソク さん
     ジャヤ : チェ・ヨヌ さん
     サネ : アン・ジェヨン さん
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 物語の流れと演出についてはほぼ初演と同じでした。(あまり詳しくもないですが、初演についてはこちらをどうぞ。) 劇場が変わった関係か、初演では舞台の上手側に設置されていたピアノは舞台下手側に。セットの変更もこれくらいです。

 もともと舞台に登場する役者さんが三人、音楽のピアノの生伴奏のみというミニマム化されたシンプルな演出の作品だけに、俳優さんの多様な解釈と演技でそれぞれのジャヤと彼女が愛した詩人ペクソクの物語が展開されるこの作品。ゆえに俳優さんの力量と個性がかなり大きな鍵になる作品でもあります。そういう意味で、今期私が観たキャストの組み合わせは本当にそれぞれユニークな組み合わせになっていて面白かったです。

(以下、大したことありませんがネタバレありなのでご注意ください)

 2017年の『インタビュー』(인터뷰) の再演で初めて観て、その圧倒的な演技力にすっかり虜になったキム・ギョンス (김경수) さんのペクソクは今期のロバで特に楽しみにしていたキャスティング。『インタビュー』では繊細な青年役から、柄の悪いあんちゃんまで見事に演じ分けていたギョンスさんのペクソクは、なんというか思いの外かなり肉食系でした。舞台の物語の中で語られるペクソクとジャヤの出会いでも、当時別の女性に恋していたペクソクは恋多き男ですが、出会ったその日にグイグイ迫るギョンスペクソクは獲物を狙うハンターの目。この色気と知性漂うペクソクは確実に数々の女性を泣かせてきた悪い男に違いありません。(←) 夢に生きる貧しい詩人というよりは遣手のインテリ青年実業家っぽいなぁというのが個人的な印象。ただ、才気溢れる(フェロモンも溢れる)インテリであることは間違いありません。「白いご飯とカレイと私たち」(흰밥과 가재미와 우린) の後半や「いつの間にか」(어느 사이에) で見せる切々たる表情と歌声は、きっとこのペクソクは恋多き男だけど、本気ですべての恋に真剣なんだろうなぁと思わせるようなペクソクでした。やはり悪い男です(笑)

 そんな悪い男ギョンスさんペクソクの相手の「子夜 (ジャヤ)」は初めましてのクァク・ソニョン (곽선영) さん。とても綺麗な若い女優さんです。ギョンスさんのペクソクの役作りがそうさせるのか、初演を含めて私が観た四人のジャヤの中では一番恋する女性の雰囲気を感じるジャヤでした。ソニョンさんのジャヤの物語は、妓生 (キーセン) であること以外はごくごく平凡な女性として暮らしてきたジャヤとその人生に突如として現れた天才詩人のペクソク。彼によって鮮やかに変わってしまった彼女の人生を辿る物語でした。

 新サネのキム・パダ (김바다) さんも今回初めましての俳優さん。初演で観たユ・スンヒョンさんとはまた違った雰囲気の爽やかな好青年で、より現代的な雰囲気の青年でした。あまり本編に関係ないですが、お名前の「パダ」は韓国語で海という意味ですが、劇中サネが歌う「海」(바다) という曲があり。「パダさんのパダ…」と密かにクスッと笑ってしまったのは多分私だけではないはず…(←) 物語の冒頭とラストで、とても愛おしげにペクソクの詩集を抱える姿が印象的でした。

 コ・サンホ (고상호) さん『アランガ』(아랑가) の都彌(トミ)役で出会って以来、ずっと機会があればまた観たいなぁと思っていた歌も演技もめちゃウマな俳優さん。観たい、観たいといいながらずっと観劇の枠がはまらず2年近く過ぎてしまいましたが、やっとその願いが叶いました。サンホさんのペクソクは、ギョンスさんとは対照的に永遠の思春期、という印象。普段明るくてファニーな感じなのに、感受性が高すぎて傷付きやすくて、保護欲を掻き立てられ、母性をくすぐられる。そんな感じなのに急に才気溢れるイケメンになったりするズルイ男です。ジャヤとの初対面の時のジャヤしか視界に入っていないっぷりが凄まじくてめちゃくちゃ可愛い。「私がこんなにもそっぽを向いて」(내가 이렇게 외면하고) はどのペクソクもコミカルで可愛いですが、その中でもサンホさんのペクソクは必死だけどからから空回っている感じがすごく可愛いかったです。芸術に生きる浮世離れした感じは後述のカン・ピルソクさんのペクソクに軍配があがりますが、苦労を知らない坊ちゃん育ちっぽくって、生活力はあまりなさそう(笑)詩作に没頭している時の真剣な表情とと普段の三枚目の雰囲気のギャップが印象的なペクソクでした。

 サンホさんペクソクの相手のジャヤはこちらも初めましてのチョン・ウンソン (정운선) さん。ウンソンさんのジャヤは母性が強く包容力抜群な感じのジャヤだったので、サンホさんとの組み合わせがすごく良かったです。すごく優しい雰囲気のジャヤで、一緒にいるとそれだけで癒されるような、それでいて少女らしい可愛らしさも感じるジャヤのウンソンさん。ペクソクが詩を思いついたと言って「私とナターシャと白いロバ」の一節を書き始める時に手を叩いてキャーってなっている姿がすごく可愛い。サンホさんのペクソクとウンソンさんのジャヤがかなり身長差あるから、サンホさんがウンソンさんの目線に合わせて膝折り曲げて顔を覗き込むのも可愛い。物語の冒頭でもラストでも、「ああこの人は本当に心の底からペクソクの詩を愛していたんだな」と思わされる優しくてうれしそうな表情が素敵でした。

 初演も含めて、一番観ているのがカン・ピルソク (강필석) さんが演じるペクソク。初演から観ていることは大きいと思いますが、なにやらもはや、私の中のペクソクのイメージはすべてソク様基準になっている感じがあります。それだけペクソクのイメージ=ピルソクさんになっているんですよね…。ソク様のペクソクは貧しい詩人だけど、苦労をさほど知らずに育ったいいとこのお坊ちゃんで、自分が可愛いことを知っていて、女性がそれをほっとけないのを知っているあざとさもある。空気を読まずに無邪気に振舞っているように一見見えるけど、どうしようもなく鋭くて感受性が高くて繊細。「白いご飯とカレイと私たち [Reprise]」(흰밥과 가재미와 우린 [Reprise]) では、どうやって食事のお金を工面したのかを聞かれたジャヤが妓楼で再度働き始めたことを伝えられずに誤魔化しても、その事実を察して青ざめて思い詰めたような表情をするソク様のペクソク。取り繕いきれないジャヤの表情も相まってすごく切ないシーンです。

 ペクソクの役作りで一つ気になるのは、私が観た三人のペクソクの中で唯一ピルソクさんだけがジャヤに満州に付いて行かなかったことを責める場面で舞台側の正面を向いていたこと。ギョンスさんに関しては少し記憶が朧げですが、正面ではなく後ろか横を見ながら話していたし、サンホさんは完全に舞台に背中を向けて話していました。これは、実際にペクソクがジャヤに向けて言った言葉ではなく、ジャヤ自身がペクソクに付いていかない選択をしたことを責め続けているからだと思っているのですが、ソク様が正面を向きながらジャヤの選択を責める言葉を話す意図、気になります。誰か私の代わりに聞いてください。(←)

 チェ・ヨヌ (최연우) さんのジャヤは「いい女」。この一言に尽きます。見た目も本当に美しいヨヌさんですが、女性らしい細やかさがありながら気風のいい大人の女性で、とても懐が深く、それでいて少女のようにとても可愛らしいのがヨヌさんのジャヤ。オフでも仲のいい先輩後輩であるピルソクさんとヨヌさんですが、再演でのお二人は長年連れ添った夫婦のような、二人でいることが自然でしっくりとくる空気が素晴らしかったです。ヨヌさんは韓国のミュージカル女優さんの中でも一位二位を争うくらい好きな女優さんなのですが、やっぱり大好きだなぁと再実感。所作が綺麗で、表情と声色の演技がとても細やかで本当に素晴らしい。ロバでは、ジャヤはペクソクと出会った若かりし頃から、自分が京城 (ソウル) で切り盛りしていた料亭を吉祥寺 (キルサンサ) として寄贈する老年までを演じ分けないといけないのですが、立ち姿の姿勢だけでジャヤの年がすぐにわかるのです。ペクソク二度目の結婚の報せに憤慨してフテ寝する姿とか、「北關の女」(북관의 계집) のラストで悲しく儚げに微笑む美しすぎる横顔とか、泣きながら待つことをやめる選択をした自分を責める姿とか…印象的なシーンを挙げたら本当にキリがありません。

 N2Nのヘンリー、『ラフマニノフ』(라흐마니노프) などですっかり好きな俳優さんの一人になったアン・ジェヨン (안재영) さんは、前述の通りずっと観てみたいと思っていた初演からのサネ。今回念願叶って観れることをとても楽しみにしていたのですが、その上げていた期待値を遥かに凌駕してきたサネでした。サネはペクソクの友人だったり、お父さんだったり、弟弟子だったり、ジャヤが住んでいる家の家主だったりする様々な人物を演じないといけない役なのですが、それぞれの役のキャラ立ちが本当に素晴らしい!ペクソクとジャヤが初対面を果たすきっかけになった、失恋に嘆くペクソクをジャヤが働く妓楼に連れていく友人役は、「ちょ、アンタどんだけお酒飲むん!?」とツッこまずにいられないし(しかも酔い方も割とヒドイ)、ペクソクに厳しく、でも飼い犬には優しいペクソク父はもはや強烈すぎて何から言及すればいいのやら(笑)そんな強烈なキャラクターを演じながらも、「北關の女」(북관의 계집) を歌っている時のサネはいい声で朗々と歌いながらもあくまでジャヤの鏡に映る鏡像であることに徹していて。ペクソクの詩を朗読する文学青年の時は、とても男前で優しげな微笑を浮かべているので、そんな姿もとても印象的でした。

 今回、初演キャストと再演で新たに加わったキャストは前半と後半で完全入れ替え制になっていたので、ギョンスさんのペクソクとチョン・インジさんの組み合わせとか、サンホさんペクソクとチェ・ヨヌさんジャヤの組み合わせとかを観たかった私には少し残念。次に再演がある時には、その組み合わせでも是非観てみたいなぁと思うのです。音楽も本当に素敵だから、OSTとかも出して欲しい。ロバの公演はまだしばらく続きますが (2018年1月28日まで)、前回の観劇が一ヶ月早いマイ千秋楽だったので、次の再演に期待するとします!