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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】演劇『プライド』(프라이드, The Pride) @ Art One Theatre, Seoul《2019.6.2-2019.8.24》

The Pride

 50年の時を隔てて生きる同じ名前の3人の男女の物語という設定に興味を惹かれた『プライド』(프라이드, The Pride)。2幕物のランニングタイムが3時間以上のストレートプレイを韓国語で。2年前の私なら間違いなく絶対尻込みして見送っていただろう作品なのですが、好きな俳優さんが出演されていたこと、作品を観たことのある人達の好評にも後押しされてチャレンジしてみました。私が観た日程とキャストのみなさまの組み合わせは下記のとおり。

  1. [2019.6.2マチネ]
     フィリップ:キム・ギョンスさん
     オリヴァーイ・ヒョヌクさん
     シルヴィア:シン・ジョンウォンさん
     マン:ウ・チャンさん
  2. [2019.6.15マチネ]
     フィリップ:キム・ギョンスさん
     オリヴァーイ・ヒョヌクさん
     シルヴィア:シン・ジョンウォンさん
     マン:イ・ガンウさん
  3. [2019.8.24マチネ]
     フィリップ:キム・ギョンスさん
     オリヴァーイ・ヒョヌクさん
     シルヴィア:ソン・ジユンさん
     マン:イ・ガンウさん
2019.6.2 マチネのキャストボード 2019.6.2 マチネのキャストボード 2019.6.15 マチネのキャストボード 2019.6.15 マチネのキャストボード 2019.8.24 マチネのキャストボード 2019.8.24 マチネのキャストボード
 

作品紹介

 2008年にイギリスで初演され、翌年ローレンス・オリヴィエ賞を受賞した本作。本作品は2010年にブロードウェイで上演され、日本でも小川絵梨子さん演出で上演されたこともあります。脚本はギリシャ生まれのイギリスの劇作家アレクシ・ケイ・キャンベル (Alexi Kaye Campbell) 氏、演出がジェイミー・ロイド (Jamie Lloyd) 氏。韓国初演は2014年でキム・ドンヨン氏の演出で上演されて以来再演を繰り返しており、2019年の公演は4回目の公演のようです。

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください)

あらすじ

 1958年。フィリップは妻のシルヴィアに「きっと気が合うから」と彼女の仕事仲間で童話作家のオリヴァーに引き合わされる。不思議な縁を感じてオリヴァーにだんだんと惹かれていくフィリップとそのことに感づくシルヴィア。

 2008年。オリヴァーは恋人のフィリップと一緒に暮らしていたが、度々行きずりの相手との刹那的な快楽に身を委ねるオリヴァーに愛想を尽かしたフィリップは二人が住む部屋から荷物をまとめて出て行ってしまう。落ち込むオリヴァーを励ますために二人の親友のシルヴィアはプライドパレードに誘うが…。

感想

 

 演劇作品への出演はかなり久しぶりでしたが、この作品のフィリップ役で2019年のStagetalk Audience Choice Award (SACA)の演劇部門主演男優賞を受賞したキム・ギョンスさん。1958年のギョンスさんのフィリップはひたすら見ていて辛いのですが、フィリップが感じている生き辛さの演技が回数を重ねることに深まっていたのが印象に残っています。2008年のギョンスフィリップはデニムシャツにベージュのワークパンツ姿がただただ素敵。あの衣装を着ている場面が結構短いのが残念。自分らしく生きれるようになった時代の彼は優しくて誠実で「ゲイじゃなければ私が付き合いたかったのに」、という2008年のシルヴィアの言葉には全面同意したくなります。(←)

 オリヴァー役のイ・ヒョヌクさんも受賞は逃したものの、同じく2019年SACAの演劇主演男優賞にノミネートされています。この作品の中では、実はどちらかというとギョンスさんが演じるフィリップよりヒョヌクさんが演じるオリヴァーの方が好きな私。ヒョヌクさんが演じるオリヴァーがひたすら全身でフィリップが大好きだということを表現しているように感じるのもその理由の一つかもしれません。特に視線から伝わってくる愛情がとても素敵。この作品で初めましての俳優さんでしたが、機会があればまた別の作品で観てみたい俳優さんです。

 

 2019 SACAで大きく2位の得票数の女優さんに水をあけて演劇部門の助演女優賞を受賞したソン・ジユンさん。ジユンさんのシルヴィアもシン・ジョンウォンさんのシルヴィアもどちらも別の方向性でかっこよくて可愛くて大好きです。二人のキャラクターの違いを端的に表しているように感じるのはラスト近辺で2008年のカメラマンのフィリップにカメラを向けられたときのシルヴィアの反応。ジョンウォンさんのシルヴィアはノリノリで止まってバッチリポーズをキメるのに対して、恥ずかしげにちょっと俯いてポーズを取るジユンさんのシルヴィア。どっちも本当に大好きです。

 この作品で私が一番好きな登場人物はシルヴィア。1958年でも2008年でも自分が望んでいることをよくわかっていて、それに対して踏み出す勇気を持っている彼女。基本的に1958年は「もうフィリップ、何やってんの!」、2008年は「もうオリヴァー、何やってんの!」となりながら観るのですが、シルヴィアはどちらの時代でもとてもかっこいい。周囲がよく見えていて優しくて強い彼女ですが、そんな彼女も1958年では欲しいと思っていたものが絶対に手に入らないことを本能的に悟って苦しんでいて。1958年はフィリップを筆頭に、オリヴァー、シルヴィアもそれぞれが時代に抑圧されたり、時代に抑圧されている愛する人を救えない無力感がヒリヒリと胸に迫ってきてつらいので、2008年では彼らの意思次第で幸せを掴めるようになっていて本当によかったな、と思うのです。特に、1958年では同性愛が治療しないといけない病気だと捉えられていたことが本当に辛すぎます。

 50年の時を経て同じ名前で似て非なる関係性のフィリップ、オリヴァー、そしてシルヴィア。1958年のフィリップは世間の目に怯えて自分らしく生きることができず、2008年のオリヴァーは束縛されない自由と引き換えに大切なものを失いそうになる。違う時代の同じ名前の彼らを同じ役者さんが演じることにより、本質が変わらない彼らが環境にいかに影響されているのかを浮き彫りする効果は絶大です。そしてそのように考えると、複数の役を演じるマンは出番は多くないものの、彼らがおかれている時代と環境を表現する上ではかなり重要な役割であることがわかってきます。本作で示されているとおり、50年の間にセクシュアリティジェンダーに対する人々の認識は本当に大きく変わったのでしょうが、まだまだ変化の過程にあるのだと思います。フィリップ、そして遠い未来の彼、オリヴァーと自分自身に向けてシルヴィアがラストでいう台詞。元の英語戯曲の台詞は

And all I can do is whisper from a distance:
it will be all right, it will be all right, it will be all right

となっているのですが、韓国語版では少しニュアンスが違っていて。

내가 멀리서 속삭일게요.
私が遠くから囁きます

내 목소리가 당신에게 닿을 때까지.
私の声が貴方に届くまで

당신이 당신에게 닿을 때까지.
貴方が貴方に届くまで

괜찮아요. 괜찮을 거예요.
大丈夫、大丈夫になる

모두 괜찮아질 거예요.
すべてが上手くいくようになる

より力強さを感じるシルヴィアの言葉。予習のために英語版の戯曲を読んだときも泣きそうになってしまいましたが、生の威力はそれ以上。自分が傷ついていても愛する人の幸せを願いながら、自分自身が犠牲になることも選ばないシルヴィアは本当にかっこよくて素敵な女性。彼女が愛する人へ向けるメッセージは自ずと観客たちにも届けられます。大丈夫、きっと大丈夫。すべて上手くいく、と。勇気を出して、一歩を踏み出して。そればかりは自分自身でするしかない、と。