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【観劇レポ】ミュージカル『ファンレター』(팬레터, Fan Letter) @ Doosang Art Center, Seoul《2019.12.1-2020.1.26》

ミュージカル『ファンレター』(팬레터, Fan Letter) @ Doosang Art Center, Seoul《2019.12.1-2020.1.26》

 香港映画界の重鎮ウォン・カーウァイ氏が映画にしたいと言って絶賛したことや東宝が上演権獲得を検討していることも話題になった韓国創作ミュージカルの『ファンレター』 (팬레터, Fan Letter)。そんなソウルでの3回目の公演を迎えた『ファンレター』を以下の日程、キャストで観てきました。

  1. [2019.12.1 マチネ]
     キム・ヘジン:キム・ギョンスさん
     チョン・セフン:ユン・ソホさん
     ヒカル:キム・ヒオラさん
     イ・ユン:キム・ジフィさん
     イ・テジュン:ヤン・スンリさん
     キム・スナム:チャン・ミンスさん
     キム・ファンテ:アン・チャンヨンさん
  2. [2019.12.7 マチネ]
     キム・ヘジン:キム・ギョンスさん
     チョン・セフン:ユン・ソホさん
     ヒカル:キム・ヒオラさん
     イ・ユン:キム・ジフィさん
     イ・テジュン:イ・ビョルさん
     キム・スナム:チャン・ミンスさん
     キム・ファンテ:クォン・ドンホさん
  3. [2019.12.31 マチネ]
     キム・ヘジン:キム・ジョングさん
     チョン・セフン:ペク・ヒョンフンさん
     ヒカル:キム・ヒオラさん
     イ・ユン:パク・ジョンピョさん
     イ・テジュン:イ・ビョルさん
     キム・スナム:チャン・ミンスさん
     キム・ファンテ:アン・チャンヨンさん
  4. [2020.1.26 マチネ]
     キム・ヘジン:キム・ギョンスさん
     チョン・セフンイ・ヨンギュさん
     ヒカル:キム・スヨンさん
     イ・ユン:パク・ジョンピョさん
     イ・テジュン:ヤン・スンリさん
     キム・スナム:イ・スンヒョンさん
     キム・ファンテ:アン・チャンヨンさん
2019.12.1マチネのキャストボード 2019.12.7マチネのキャストボード
2019.12.1マチネ、2019.12.7マチネのキャストボード
2019.12.31マチネのキャストボード 2020.1.26マチネのキャストボード
2019.12.31マチネ、2020.1.26マチネのキャストボード
 

作品紹介

 ミュージカル『ファンレター』の初演は2016年。韓国コンテンツ振興院が主催した「2015優秀クリエイター発掘支援事業」で最優秀選定作となったこの作品は1930年の日本統治下の京城(ソウル)を舞台としており、実在した韓国の文人集団「九人会」と所属メンバーをモデルとしたフィクション。韓国国内のみならず台湾公演も実現し、台湾公演でも完売を記録しています。制作会社のライブ社が国外にも通用するコンテンツ作りをビジョンとして掲げていることもあり、英語、中国語、日本語の三カ国の字幕が提供されていることも特徴的。本はこの作品で脚本家としてのデビューを果たしたハン・ジェウン氏、音楽は『ミア・ファミリア』などの作品を手掛けたパク・ヒョンソク氏、演出はミュージカルのみならず演劇作品(ストレートプレイ)の演出を手掛けるキム・テヒョン氏が担当しています。

 プレイガイドに掲載されている作品のあらすじは2018年に『ファンレター』の再演を観た時のレポートで書いているので、こちらも合わせてどうぞ。

 

感想

 作品全体に対する印象に関しては、上でリンクを貼った初めてこの作品を観た後のレポートで語り尽くした感があるので、今回は俳優さんによって受けた印象の違いを中心に感想を書いてみたいと思います。

無自覚な青年と完全無欠のファム・ファタールに囚われた先生

 奇しくも今季最初と2番目の『ファンレター』の観劇はセフン、ヘジン、ヒカルだけじゃなくユンまでまったく同じキャストでした。4人の中では唯一の続投組のヒオラさんのヒカルは凄味すら感じるとても強いミューズ。何度かヒカルが歌う曲の中で

나는 어둠 속 목소리
私は闇の中の声

という歌詞があるのですが、このパート歌うときのヒオラさんの声が急に一段と低くなる部分でその蠱惑的な雰囲気にいつもゾクッとします。ソホさんのセフンは自分がやっていることに無自覚で、ヒカルを完全に自分から切り離している、あるいはヒカルが自分自身であることをある時点で忘れてしまっているように感じる演技。なので二人のセフンとヒカルはとても対照的な存在として感じられました。印象はまさに「光と影」。捉え方によってどちらが光でどちらが影なのか、それが急に反転するように感じる二人。そんな「二人」が形の違う愛とエゴイズムを向けるギョンスさんのヘジン先生は穏やかな表情の裏に熱風のような情熱を持っている人。自分の理想の女性、運命の人に溺れていくその姿は自分の掌中でヘジン先生を転がしている「二人」よりエゴイスティックで芸術家の深い業を感じました。人当たりはとても柔らかで表面的にはとてもセフンにも優しいギョンスさんのヘジンですが、「ヒカルさん」とそれ以外の人に対する温度感が全然違うのでとても残酷。セフン役の共演者の俳優さんが「ギョンス兄さんのヘジンはヒカルしか見ていないので寂しい」と話したそうなのですが、「そうだろうね」と納得してしまうぐらい本当に「ヒカル」に盲目的に愛を注ぐヘジン先生でした。そんなギョンスさんのヘジンがラストでヒカルがセフンのもとに戻っていくのを見送った後に「二人」が見えない所で一瞬見せるとても寂しそうな表情。最後まで本当にブレないなぁと思いながらも、その後振り返ったヒカルに優しく微笑んで背中を押してあげるので、それがセフンのためにヘジンが自分の執着を手放した瞬間なのかもしれないな、とも思います。

私の『ファンレター』の原点

 2018年に初めてこの作品を観たときのヘジン先生とユン先生を演じていたのがジョングさんとジョンピョさん。そのときと同じ組み合わせだったこともあり、今季3回目の『ファンレター』の観劇はノスタルジーとともに私の中でのこの作品の原点を再確認するような観劇でした。セフン役のヒョンフンさんが私が初めてこの作品を観たときにセフンを演じていたムン・テユさんのセフンに近い役作りだったこともあるかもしれません。

 セフンとヘジンが自分たちが作り上げたミューズ像にどんどんと耽溺していく姿に肌が粟立っていくような感覚。すべてを芸術の極みのために犠牲して、独善的で排他的な世界に深く深く沈んでいく二人とその世界へと彼らを妖しく誘う二人の「ヒカル」。薄々「ヒカル」の正体に気づいている素振りを見せるヘジンとそれに確信を深めるユン。無言でヘジンからユンに託された若い才能を守るという決意。同じ死病に冒された彼らだからこそ深く固く結ばれる絆。自分の中にある狂気に近いエゴイズムであり、文学の高みを目指す自分の希望でもある「ヒカル」を「殺して」でもセフンが願ったこと。「書けないなら生きる意味はない」、「なぜ死ぬまで秘密を守り通してくれなかった」とセフンを責めたヘジンが死ぬ前に選んだ赦し。ユンの手を借りてセフンに遅れて届いたヘジンの手紙。ヘジンからの赦しの手紙を受けて、やっとセフンのもとに帰ってくる彼の「光」。

 私にとっての『ファンレター』はこれがベースになっているんだなぁというのをしみじみと感じました。ラストの春風のような笑顔が印象的なジョングさんのヘジン先生にニヒリストだけど友情に厚くて義理堅いジョンピョさんのユン先生。艶やかで強いヒオラさんのヒカル。歌声が伸びやかで声量が圧倒的なヒョンフンさんが演じる優しくて繊細でちょっと神経質なセフンもとてもよかったです。

闇を背負った光

 今季最後の『ファンレター』の観劇はギョンスさんのヘジン先生、ヨンギュさんのセフン、スヨンさんのヒカルの組み合わせ。奇しくも三人とも今季合流組で、さらにミュージカル『インタビュー』に出演されていた俳優さんたちです。それが関係しているのか、初めて「セフンは解離性同一性障害なのかもしれない」という考えがずっと頭をもたげた観劇でした。話の筋を考えれば、これまでの観劇でもそのような解釈になっても不思議ではないと思うのですが、私はヨンギュさんのセフンとスヨンさんのヒカルの組み合わせで初めてその可能性が頭に浮かんだのです。物語の冒頭では少年のような姿で登場するヒカル。自分を慰めるために作った空想上の友達というイメージで自然に受け入れていましたが、なぜヒカルは最初からセフンに寄り添うように存在しているのか。今までいかにそこに考えを巡らせていなかったことに気づきました。

 ヨンギュさんは今季の『ファンレター』でセフン役にキャスティングされている俳優さんの中では最年長ですが、私が観た三人のセフンの中では一番幼く感じる役作り。どれくらい幼く感じたかというと、友達に感想で「小5男子か!」と表現したくらい。喜怒哀楽がはっきりしていて、ぴょんぴょんと跳ねまわり無邪気さを感じるヨンギュさんのセフン。セフンを慰める少年の姿から闊達なお嬢さんの姿に変身したスヨンさんのヒカルにはセフンを見守る姉のような眼差しが感じられ、セフンが無邪気でいられるように彼女が面倒ことを抱えるのだというような意気込みすら感じました。そんな二人の姿は『インタビュー』のアンとウッディの双子の姉弟を彷彿とさせます。あるいは、ミュージカル『スモーク』で海の代わりに矢面に立つ孤高の詩人の超。解離性同一性障害の患者の人格はそれぞれ何かしらの役割を負っていることが多いと聞きます。それに照らし合わせて考えると、スヨンさんのヒカルはおそらく「守護者」。二幕に入り、艶やかな女性の姿でヘジンもセフンも翻弄するスヨンさんのヒカルはただただ強い完全無欠のミューズというわけではなく。セフンが心の奥底に沈ませた暗い願望を叶えてあげるために、心は悲鳴を上げながらも突き進んでいくヒカル。涙ながらにセフンに「馬鹿な子」とつぶやく姿にはセフンを守り続けてきた自分が捨てられることへの悲しみと同時に優しさが溢れていて、セフンもそんな彼女を「消す」ことに涙が止まらなくなっていて。あらためてそのような解釈で観ると、ラストでヒカルがセフンのもとに還っていく場面はグッと胸に迫ってくるものがありました。

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