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【観劇レポ】ミュージカル『アリラン』 (아리랑) @ Seoul Arts Center, Seoul《2017.8.5ソワレ》

2017/8/5 ソワレ『アリラン』のキャスト

 10カ月ぶりにユン・ヒョンリョルさんがミュージカルの舞台に戻ってくる!ということで韓国創作ミュージカルアリラン』(아리랑) を観てきました。会場になった芸術の殿堂は実は初めて。私が観た回のキャストは、

 ソン・スイク (송수익) : ソ・ボムソクさん
 ヤン・チソン (양치성) : ユン・ヒョンリョルさん
 バン・スグク (방수국) : ユン・コンジュさん
 カム・ゴルデク (감골댁) : キム・ソンニョさん
 チャ・オクビ (차옥비) : イ・ソヨンさん
 チャ・ドゥクボ (차득보) : イ・チャンフィさん

でした。

 日本占領下の韓国と満州を舞台にした話ということで、観に行っている日本人も少なければ、レポを書いている人はさらに少ないと思われるこの作品。私自身も、大好きなペウニムが久しぶりに出演する作品でなかったら観ていなかったと思います。ただ、少なからずどんな作品なのか気になっている方は意外と多いようですので、率直な感想を書いてみたいと思います。

  まずは、インターパークに掲載されていたあらすじからご紹介。
 (以下、ネタバレを含むのでご注意下さい)

 

 日本の植民地支配時代、その時代を生きなければならなかった人の話。

キムジェ郡竹山面に住んでいるカム・ゴルデクの息子バン・ヨングンは借金20ウォンのためにハワイに役夫として売られる。 両班ソン・スイクの小間使いだったヤン・チソンは師匠である彼にいつも劣等感を感じて、その中、自分の父親が義兵に殺害されると、親日派になって郵便局長ハヤカワの斡旋で日本の諜報員学校を卒業して戻ってくる。  その間ソン・スイクは、満州に行き独立軍を率いている。  一方、カム・ゴルデクの娘スグクとその友達のオクビは日本の手先どもに貞操を奪われた後、険しい人生を生きていく。日本の手先になったヤン・チソンはソン・スイクの行方を追跡し、カム・ゴルデクも彼の手練手管で惨めに死ぬ。その過程でヤン・チソンは常に恋心を抱いていたスグクを脅迫して強制的に同居を始める。その中、満州で日本の討伐隊の朝鮮人殺戮が行われ…

 と、あらすじを読んだだけで日本人としてもヒョンリョルさんファンとしても嫌な予感しかしません(滝汗)原作の小説を元にした映画の評判も、日本人にはいたたまれないとしか表現できない内容ばかりだったので、ヒョンリョルさんの次回作がアリランと知った時はとても動揺しました。しかし、10カ月も待ったペウニムのミュージカルの舞台。

 ぶっちゃけ、みなさんが一番気になってるのは「結局、日本人としてどうだった?」ということだと思うので、それだけ先に言ってしまうと、「もういっそ清々しいくらい日本人が悪役だった」でした。私の言語力の問題できちんと理解できていない部分も多いと思いますが、善良な日本人の登場人物は皆無。悪役は韓国人側も多々登場しますが、漏れなく日本人の手先設定。書いた通りですが、ここまで来るといっそ一種の清々しささえ感じます(←)

 でも、心配していたより全然作品を楽しめたのも事実です。音楽もいいし、シンプルな舞台美術もとても綺麗。歴史解釈云々をいったん置いておけば、物語も大河的でドラマチック。歴史解釈以前に日本人の描写にツッコミたくなる部分もあるのですが、(変な動きの丁髷侍風の日本人が出てきたりとか…)それはそれで面白かったり。そう、この作品は結構たくさん日本語の台詞があり、曲の一部も日本語だったりします。演じているのは韓国人の俳優さんなので、発音は上手い人も下手な人も。そんな中でも、ヒョンリョルさんが演じた日本の諜報員養成学校に留学した設定になっているヤン・チソン役は特に台詞も歌も日本語が多いです。ヒョンリョルさんの美声が「こーーこく、しーんみーーん」(皇国臣民)なんて歌っている姿は結構シュール。複雑なファン心(笑)日本語の発音は、ヒョンリョルさんは若干聞き取りづらい部分もあったけど結構きれい。場合によっては日本人役の俳優さんより発音がいいので、それもなんだかシュール(笑)

 プレスコールのボムソクさんとヒョンリョルさんの動画があったので貼っておきます。これはかなり舞台終盤のシーン。二人が重ねて歌ってる部分にリプライズとして件の「皇国臣民」の歌詞がチラッと出てきます。ヒョンリョルさんの二幕のこのロングコートの衣装、似合っててかっこいい。


2017年プレスコールより「異なる道」(다른 길)
ソ・ボムソク、ユン・ヒョンリョル

 インターパークのあらすじは、ソン・スイクとヤン・チソン中心ですが、劇中はもっと群青劇の色が強い印象。両班(リャンパン)の出のスイク役のボムソクさんは凛としていてノーブルな雰囲気がかっこよかったですが、意外と全体の中では地味な気がしました。それより、裏切り者設定で悪役のチソンや彼が想いを寄せるスグク、スグクと恋仲の素朴なドゥクボやスグクのお母さんのゴルデクの印象の方が強かったです。特に女性陣が強いなぁ、と。

 ドラマチックなストーリーには色んな情念が渦巻いていて、「ああこれが韓国人の『恨』(ハン)というものなのかなぁ」と感じました。韓国の方とは切っても切り離せない『恨』の感情。良くも悪くもその感情を燃やし続ける燃料を投下し続けているものの一つは、日本の植民地支配時代の「記憶」というのにはなんとも複雑な気分ですが、大多数の韓国の方にとってはそういうものなんだとという前提にたって割り切らないとなかなかお互いを理解するのは難しいのかなぁと思ったりもしました。

 ヒョンリョルさんが演じたヤン・チソンは、悪役でありながらも多面的なキャラクターで人間味があり、手段を選ばないのでやることは相当えげつなかったりもするのですが、深みのある魅力的なキャラクターでした。できることならもう1回観たかったな、と思うくらい。彼の末期はなんとも憐れで胸が痛いですし、主要登場人物の大半が死ぬことになる『アリラン』はハッピーエンドから程遠いですが、ラストでみんなが歌う「アリラン」と「辛いことがあっても、表面にはそれは見せないようと振る舞う」という精神はとても印象に残りました。