韓国で大ベストセラーになり、世界各国でも続々翻訳出版されたソン・ウォンピョン氏の小説『アーモンド』(아몬드, Almond)。そんな『アーモンド』が韓国をはじめとする海外の作品を色んな形で輸入しているconSeptさん制作で演劇作品として上演されると知り、観るのをとても楽しみにしていました。主人公の少年ユンジェと彼が出会うことになるゴニ少年が日によって役替わりする形式で上演された本作。私が観劇できたのはチームAの千秋楽で、キャストのみなさまは以下の方々でした。
ユンジェ:長江崚行さん
ゴニ:眞嶋秀斗さん
お母さん:智順さん
おばあちゃん:伊藤裕一さん
ドラ:佐藤彩香さん
ユン教授:神農直隆さん
シム博士:今井朋彦さん
『アーモンド』は韓国でもオ・セヒョク氏の脚色によるストレートプレイが上演されたり、今年2022年5月にキム・テヒョン氏が演出を手掛けるミュージカル版の開幕が予定されていますが、世田谷パブリックシアターのシアタートラムで上演された本作の脚本・演出を務めるのは板垣恭一氏。さらに日本版演劇『アーモンド』はオーケストラも楽器が日替わりで変わり、私が観たチームAはキーボードとチェロの組み合わせでそれぞれ桑原まこさん、吉良都さんが奏者でした。
(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)
あらすじ
生まれつき脳の偏桃体1の大きさが小さく、喜怒哀楽の感情に乏しい少年ユンジェ。たった二人の肉親であるおばあちゃんはユンジェのことを「うちのかわいい怪物」と呼び、お母さんは人に溶け込んで生活できるよう、あたかも感情があるかのように振る舞えるように反応の「お作法」をユンジェに教え込む。しかし、とあるクリスマスイヴの日、三人のささやかな家族は通り魔によって襲われ、ユンジェをかばったおばあちゃんは帰らぬ人となり、お母さんは意識不明の植物状態になってしまう。たくさんの死傷者を出したその事件のありさまをいつも通りじっと無表情で見詰めていたユンジェ。当時のユンジェのそんな様子は彼が通う高校でも噂になり、同窓生たちはユンジェを「怪物」と恐れて遠巻きに接するようになる。
独りぼっちになったユンジェに対し、母が経営していた古本屋と同じ建物でパン屋を営む元医師のシム博士は支援を申し出る。おばあちゃんとお母さんがいない新しい生活を始めたユンジェはやがて、ユンジェとは正反対の理由で周囲から遠巻きにされ、「怪物」と恐れられる気性の激しい少年ゴニと出会うが…。
舞台『アーモンド』PV
感想
観劇している最中からユンジェもゴニもどうしようもなく愛おしくなってきて、最後には二人のあまりの可愛さに二人まとめて抱きしめたくなる。私にとって舞台『アーモンド』はそんな温かな余韻と感動を与えてくれる優しい物語でした。ユンジェとゴニだけではなく、走ることに夢中な二人の同級生のドラも、ユンジェに惜しみなく愛情を注いで育ててくれたおばあちゃんとお母さんも、穏やかにユンジェを見守るシム博士も、十三年振りに再会した息子にどう接していいかわからずに戸惑うユン教授さえも、みんながみんな不器用で、愛し愛されたいと願ってもがきながらも生きている姿がとても愛おしく。
劇中で特に印象に残ったのはゴニがユンジェの感情を引き出そうと蝶の羽をユンジェの目の前で捥いで見せる場面。
舞台『アーモンド』PV「ゴニについて」
ユンジェの言葉通り、ゴニ役を演じる眞嶋さんは四肢を捥がれた蝶以上に苦しそうで辛そうな表情で、観ているこちら側としては「あああああ、無理して強がるなよゴニ少年!」と叫びたくなってしまいます。淡々としながらもそんなゴニの様子を気遣う長江さんのユンジェ役もとてもよく。
ユンジェ役の俳優さん以外は全員複数役を演じますが、この場面ではドラ役を演じる佐藤さんがゴニに囚われた蝶を象徴するように舞台中央の椅子に座ってもがき苦しむような振り付けがあり、それも鮮烈に印象に残ります。この場面だけではなく、作品を通して俳優さんたちはコンテンポラリーダンスのような身体表現で演じている場面も多く、どの俳優さんもその動きの機敏さや手足の所作が美しくて惚れぼれしました。
日替わりで主演を務める二人はもちろん、どの俳優さんも素晴らしかったのですが、特に私が好きだったのが今井さんが演じるシム博士。シム博士は取り返しのつかない苦い後悔を背負って生きている不器用な人ですが、ユンジェだけではなく、生前のユンジェのお母さんとの距離の取り方がベッタリになりすぎず、突き放しすぎずで絶妙な距離感。それでありながら情がとても深い優しい人で、こんな隣人で友人に恵まれたユンジェのお母さんはさぞ心強かっただろうなぁと思うのです。そんなシム博士と物語の中で一番冷酷だと思われる針金先輩のどちらも今井さんが演じていることもなかなかオツでした。ユンジェとゴニがそれぞれに針金先輩から相手を守ろうとする場面もハラハラするけどとても感動的で好きな場面です。
0(ゼロ)に何を掛けても0のままだけど、十万分の一であっても、0より大きい数字に1より大きい数を掛けていけば少しずつであっても増えていく。ユンジェが彼の周囲を取り巻く人々とのやりとりを通して本当に少しずつではあるけど情緒が育っていく姿を劇中で追いながら、私はそんなことを考えていました。育ってきた境遇に恵まれず、粗野で乱暴、気が荒いゴニは感情の動きが0に限りなく近いユンジェとは正反対で感受性豊か。そんな二人が交流することによってユンジェが興味を惹かれ、心躍る気持ちを少しずつ手に入れていき、代わりにゴニが穏やかで温かな気持ちを素直に感じて受け取れるようになっていく姿は微笑ましくもとても感動的で。感想がこればっかりで申し訳ないですが、本当に彼らが可愛くて可愛くて仕方がなくなるのです。全力で怒って、泣いて、拗ねて、笑う姿が可愛い眞嶋ゴニも最後に見せてくれるほんのりうれしそうな表情が可愛い長江ユンジェも役に本当にピッタリでしっくりきたので、観ることがかなわなかった反対の組み合わせがどんな雰囲気だったのか興味が尽きません。もし舞台映像がDVDなどで販売されたら是非購入して観たいと思いました。
原作小説は未読の状態で観劇に挑んだのですが、とても温かな気持ちになれる作品だったのでぜひ原作も読んでみたいと思いました。小説を読んだことのある友達の話によると、一部エピソードなどをカットしながらもとてもよくコンパクトに内容がまとまっていたとの評。劇中には登場しなかったユンジェとゴニの同級生の男の子のエピソードなどもあると聞いたので、実際に読んでみるのが楽しみです。
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形状がアーモンドに似ている↩