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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『こんなに普通の』(이토록 보통의) NAVER後援ライブ配信《2022.2.14》

 ミュージカル『こんなに普通の』初演ビジュアル

 男女二人のみが登場し、女性は宇宙に関する仕事に就いていて、多元宇宙または並行宇宙がテーマの一つになっている。ストレートプレイとミュージカルという違いがあるものの、短期間に共通点の多い二作品を配信で視聴した私。今回観たのは韓国創作ミュージカルの『こんなに普通の』(이토록 보통의) NAVER後援ライブ1の配信。私が観た回のキャストのお二人は

 ジェイ:チェ・ヨヌさん
 ウンギ:チョン・フィさん

でした。

 実は私、この作品が初演された2019年の10月末に全く同じペアで観劇しています。公演期間の日付で気づいた方もいるかと思いますが、ブログ記事のアイキャッチ画像に使っているのも初演の時の宣伝ビジュアルを撮ったもの。ブログでは2019年の観劇記録は5月までの分しか書けておらず、今まで写真もお蔵入りしていました。せっかくなのでその時のキャストボードも貼っておきます。

2019.10.27 マチネのキャストボード 2019.10.27 マチネのキャストボード
 

作品紹介

 ミュージカル『こんなに普通の』は韓国の人気ウェブ漫画を原作とした韓国創作ミュージカルです。本作は韓国コンテンツ振興院の「マンガ連携コンテンツ制作支援」事業の選定作品とのこと。キャロット (캐롯) 氏原作の漫画はオムニバス形式の連作作品ですが、ミュージカルはその中の2つ目のエピソードである「ある夜、彼女が宇宙で」(어느 밤 그녀가 우주에서) をベースにしています。先述の通り、初演は2019年で今回のNAVER後援ライブの配信は2021年の再演の際に録画されたものだと思われます。作品の脚本と作詞はミュージカル『僕とナターシャと白いロバ』、『伝説のリトルバスケ団』などの作品の脚本で知られるパク・ヘリムさん、作曲はイ・ミナさん。演出は初演のキム・テフンさんから代わり、2021年の再演ではミュージカル『ファンレター』、『今日初めて作るミュージカル』や『アーモンド』、『ヒストリー・ボーイズ』などの演劇作品の演出も手掛けてきたキム・テヒョンさんが担当しています。映像の使い方が印象的な美術を担当しているのはチョ・スヒョン氏も再演から新たに作品に合流したスタッフと思われます。


2021年 ミュージカル『こんなに普通の』PV
 

 今回の配信キャストのチェ・ヨヌさんとチョン・フィさんはミュージカル『こんなに普通の』にキャスティングされた俳優さんたちの中で唯一初演に引き続き続投となったメンバー。2021年の再演ではジェイとウンギにそれぞれ3名が配役されており、ジェイ役にカン・ヘインさん、イ・ジスさん、ウンギ役にはソン・ユドンさんとシン・ジェボムさんがそれぞれキャスティングされていました。

あらすじ

 playDBに掲載されているシノプシスをざっくり意訳したものをご紹介します。

宇宙飛行士を夢見る「ジェイ」と彼女を愛する「ウンギ」。
いつもと変わらない「普通の」日常を送っていたある日。
「私、ついに宇宙に行くことになった...1年間!」
長年の夢を叶えられて嬉しいジェイとその報せが受け入れられないウンギ。
彼らの関係は混乱し始めるが…。


2022年 ミュージカル『こんなに普通の』NAVER後援ライブ スポット動画
 

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)

感想

 ジェイとウンギが暮らす部屋の窓を飛び出して、夜空に瞬く星の中へと吸い込まれていくような幻想的で美しい映像と音楽をバックに、ジェイ役の俳優さんのこのようなナレーションで始まる本作。

이 세상에 존재하는 수많은 우주들 가운데
랜덤하게 선택된 나의 우주
이토록 보통의 순간을 함께하는 너와 내가
진짜 별, 진짜 빛
진짜 나

この世界に存在する幾多の宇宙の中で
ランダムに選択された私の宇宙
こんなに普通の瞬間を共にする私とあなたが
本当の星、本当の光
本当の私

 まず断っておかないといけないと思うのは、この作品はその性格上、ネタバレで物語の展開を先に知ってしまうとその面白さが半減してしまうと思われるということです。ただ、この作品に関してはネタバレなしに感想を書くのが不可能に近いので、今後まっさらな気持ちで観たいと考えている方にはこれ以上読み進むのお勧めできません。可能であれば、最初はまっさらな状態で観て、次に事実関係をしっかり確認してから2回目を観て欲しい作品です。それでも問題ない、という方だけ読み進めていただけたらと思います。

 
(念のためにワンクッション置いておきます)
 

 タイトルと反し、ミュージカル『こんなに普通の』の物語の展開はこの作品の舞台となっている世界ほど科学技術が発展していない世界に住んでいる私たちにとっては起こりえない、奇想天外で驚きに満ちた内容となっています。物語が進んでいくにつれて判明していく衝撃の事実たち。ウンギと一緒にニースを旅したジェイが実はジェイのクローンロボットであり、本物のジェイは一年間の宇宙探索のミッションに旅立っていたこと。本物のジェイに裏切られた気持ちになり、クローンのジェイと一緒に暮らすことを選択したウンギもクローンロボットであり、本当のウンギは物語冒頭に描かれていた喧嘩別れ直後の交通事故で息を引き取っていたこと。それらの事実に対して作中で密かに張り巡らせている伏線。初演と再演では演出が大きく変わっているものの、私はこの作品を観るのが2回目だったので、かなり序盤の方から切なくて辛い気持ちに駆られながら作品を観ました。

 初めて作品を観る時と2回目以降に作品を観るのでは色んな場面の印象が本当に大きく変わります。例えばニースのホテルでジェイが足首を捻挫してしまう場面。そこで彼女がする何かを悟ったような真剣な表情。その後浜辺でジェイがウンギを膝枕しながら歌う内容。

그리고 갑자기 알게됬어
나는 너를 사랑하기 위해 만들어진 걸

そして突然わかったの
私はあなたを愛するために作られたことを

 このジェイの事情を何も知らずに聞くぶんにはただロマンチックなだけの歌詞ですが、負傷した足首をさすりながら歌っていたジェイは後に足を捻挫した時に自分がクローンであることを知ったとウンギに語ります。実際にこの「ジェイ」は「ウンギ」を愛するために作られていたという事実。それはクローンの「ジェイ」が「ウンギ」を愛するためだけではなく、本物のジェイがクローンのウンギを愛するためでもあったことがなんとも切ないです。

 足首を捻挫するまで自分がクローンであること、おそらく「ウンギ」もクローンである記憶も封印されていたと思われるクローンのジェイ。並行宇宙がテーマでもあるこの作品で、本物のジェイがクローンのジェイの記憶を操作したのは、ジェイとウンギの二人が喧嘩した後にウンギが大事に至らず、彼の側を離れなかった自分の未来の可能性を自分の世界の中に作りたかったからなのかな、と考えています。でも本物の彼女はウンギの死に対して目をそらすことも受け入れることもできなくて、だからこそ彼女は一年間の宇宙探索のミッションに出掛けることにしたのかな、と。その一年の間に広い宇宙の中でウンギと似た人を見つける可能性と自分の気持ちの整理がつくことに賭けて。

 ジェイが一年間宇宙探索のミッションに参加することを聞いて、ウンギが二人が暮らす部屋から飛び出した後に不安を掻き立てるようなメロディと共に歌われる「もし私たちが」(만약에 우리가) のナンバー。よくよく注意して聞いてみると、ジェイがあれこれと可能性への思いを巡らせて歌うパートに比べてウンギが歌うパートは短い部分の繰り返しが非常に多く、それがウンギが意識が途絶えるまでの短い瞬間に繰り返した悔恨の気持ちの走馬灯なのだと考えるとなんとも辛いです。

 正直、ジェイが「夢が叶った!」とウンギに報告した後のウンギのそれを歓迎していないことを隠せない後味悪い感じの反応にはモヤるんですよね。人によって感じ方はそれぞれだとは思いますが、10年いなくなると言われるならともかく、1年くらい待てないのかと。それこそジェイの方は10年以上夢が叶うまで機会を待ちながら努力を続けていたんでしょうし。ここはジェイの言う通り、彼女の人生の選択なので彼女が彼に決定事項として伝えても仕方がないと思います。ましてや、それがずっと彼女の夢であったことをウンギは知っているわけですし。

 自分の気持ちの整理のためにウンギと自分のクローンを作って、予定通りにならないことがわかった途端に記憶の初期化を選ぶジェイも身勝手だとは思います。ウンギの記憶だけを初期化して、自分のクローンの記憶は消去しなかった理由がなんであったのか。クローンウンギの記憶を消したのは、自分にとってウンギの代わりになる存在はこの世界にはもういないことを悟ったことが大きいでしょう。クローンのウンギに自分がもたらした辛い記憶は消したかったけど、彼女の理論で言えば、クローンのジェイも彼女自身なので一緒に罪と後悔の記憶を背負って欲しかったのと、クローンの彼女にも宇宙探索に参加する選択肢を残したように、「ウンギ」ではない彼との可能性を残してあげたかったのかな、と考えたりもします。エゴイスティックではあるけど、彼女なりの思いやりなのかな、と。

 ジェイとウンギを演じたお二人は苦悩を知る前後の演じ分け方がとても素晴らしく。歌も演技も安心して観れるお二人なのでストーリーに集中して観ることができました。なんとなくこの二人のペアではジェイの方がウンギより少し年上なのかなと思ったのですが、劇中でもジェイがウンギのことを「ウンギヤ」といっぱい呼んでいるので原作でもそんな設定があるのでしょうか。


2019年 ミュージカル『こんなに普通の』より「都会の上で」MV
 

 ピアノを主旋律とした情緒的で美しい音楽にマッチするプロジェクトマッピングを多用した再演版の美術は息をのむほど美しくて、配信を観ながら惚れぼれしてしまいました。初演の美術はとてもシンプルで、俳優さんの演技力で色んな場面を想像させる形になっていてそちらはそちらで好きだったのですが、今回のとても饒舌で美しいデザインもとても素敵です。全く同じ演出で再演する可能性は低いと思いますが、いつか生でこの再演バージョンも観てみたいです。同じくいつか生でこの作品を観劇しようと思っている方に一つアドバイスをば。開演前だけではなく、ぜひ終演後にもキャストボードをチェックするのを忘れないようにしてください。仕掛けがあることを知らずにスルーしてしまって後悔している人間がここに一人います(笑)。

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  1. 日本語読みが同じなのでややこしいですが、NAVER後援ライブ (네이버 후원 라이브) またはNAVER TV後援ライブは無料配信のNAVER公演ライブ(네이버 공연 라이브) とはまた別物。後援額によってリターンが異なる有料配信ですが、海外から選択可能なのは観覧券のみのコースだけのことがほとんど。