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【観劇レポ】演劇『エレファント・ソング』(엘리펀트 송, The Elephant Song) @ Yes24 Stage 3, Seoul《2020.1.25マチネ》

『エレファント・ソング』キャストビジュアル

 今年初渡韓で最初に観た作品は色んな方々に勧められて気になっていた『エレファント・ソング』(엘리펀트 송, The Elephant Song) でした。私が観た回の複数キャスティングされているキャストのみなさまは以下の方々。

 マイケル:カン・スンホさん
 グリンバーグ:ヤン・スンリさん
 ピーターソン:コ・スフィさん

 シンプルな病院の事務室のセットの窓から見える深々と降る雪のように、静かな感情の雪片が積もっていくような作品でした。

2020.1.5 マチネのキャストボード 2020.1.5 マチネのキャストボード
 

作品紹介

 『エレファント・ソング』は新鋭のカナダの劇作家ニコラス・ビヨン (Nicolas Billon) 氏の脚本による演劇作品。2002年、2003年のリーディングを経て、2004年にカナダの舞台芸術祭であるストラットフォード・フェスティバル (Stratford Festival) にて初演を迎え、それ以降リーディング公演を含めてアメリカ、オーストラリア、イギリス、フランス、トルコ、ラトビアなど様々な国で上演。日本でも2017年に下北沢で上演されていたようです。

 韓国初演は2015年11月。初演から韓国版の演出を手掛けているのはキム・ジホ氏。韓国では初演以来順調に再演を重ねていて、今回は4回目の公演に当たります。『エレファント・ソング』は韓国初演の前年の2014年に映画化もされており、主役のマイケルをグザヴィエ・ドーラン、院長1役をブルース・グリーンウッドが演じています。

あらすじ

 いつも通りplayDBに掲載されているシノプシスをざっくり意訳したものをご紹介。

「真実はすぐに分かるようになるでしょう。」

カナダ、ブロークビルのとある病院。
クリスマスイブを翌日に控え、医師のローレンスが突然消えてしまう。 唯一の手がかりは、彼が最後に会った患者マイケルの証言だけ。 病院長のグリーンバーグは、行方の糸口を探すためにマイケルを訪ねるが、 マイケルは看護師のピーターソンを警戒し、わけの分からない象の話ばかり並べ立てる。 緻密に交錯する3人の対話が示す真実は一体何だろうか。

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)

感想

 何も知らない状態で1回目を観た観客はどういう印象を持つんだろうか。私自身は映画で物語の内容を予習してから観なかったらはてなマークを大量生産しながら困惑とともに観るしか術がなかったと思うのでそういった体験をするのは夢のまた夢なのですが、『エレファント・ソング』はそういう体験ができる人々が羨ましく感じる再観覧推奨作品でした。

 当たり前といえば当たり前ですが、ローレンス先生の「失踪」の謎を追及するグリンバーグ院長先生は、この後に起こることを何も知らないという演技をしないといけないし、マイケルは院長を翻弄してのらりくらりとかわしながら、その心の内実が滲み出て感じられるような演技をしないといけない。どちらも途方もなく演技力が要求される役だと思うのですが、院長先生役のスンリさんもマイケル役のスンホさんもとてもよかったです。

 言葉が完全にわかるわけではないから余計そうなんだと思うんですが、韓国で演劇作品を観るときは俳優さんの台詞を伴わない表情やしぐさの演技に注目することが多い私。スンホさんはそういう細かい表情や仕草の演技がとても惹きつけられます。オペラ歌手だった母の音源に合わせてマイケルがアンソニーを母に見立てて動かすときの視線の温かさ。電話越しに「僕のために泣いているの?」とローレンス先生に問いかけているときの泣き笑いの表情。スンホさんが演じるマイケルは偏屈だけどとても愛に満ちていて表情豊かで。こんなに愛情溢れるマイケルが母親からネグレクトされて、父親と一緒に暮らすことも叶わず、年若いうちに精神病院に閉じ込められてしまったのはとても不幸なことだと思います。マイケルが愛情深いのは彼自身が愛を渇望したからだとしても。マイケルの愛はいささか独善的でエゴイスティックなものであっても。でも愛とはそういうものなのかもしれません。

 ピーターソン看護師長の出番はそこまで多くはありませんでしたが、スフィさんが演じる彼女はおおらかで包容力のある温かいオンマ2でした。マイケルが言ったことがツボに入って若干引き笑い気味に笑い転げる場面がとても印象に残っています。映画版では、ドクター・グリンバーグとミス・ピーターソンを繋ぐとある設定とエピソードがあるのですが、舞台ではそれについては明示的には言及されていなかったように思います。3映画の彼らの関係性が好きだったので少し残念な気持ちもあったのですが、90分という尺の長さを考えると舞台ではこれでいいのだと思い直しました。正直に告白すると、舞台でも映画とその設定が同じだと思い込んで観ていたので、スフィさんとスンリさんの組み合わせだとちょっとしっくりこないなぁなんて思っていたのですが。その思い込みを外して改めて思い返して見ると、ミス・ピーターソンがマイケルに注ぐ愛情がよりシンプルで混じり気の無いものに感じたはずなので、スフィさんにはちょっと申し訳ない気分です。

 スンリさんが演じるグリンバーグ院長は若くして名誉と権力のある地位について、少しだけそれに驕っている「若様」的な雰囲気を少しかんじました。根っこの部分はいい人なのでマイケルの話を穏やかに聞いている表情は次第にとても優しいものになっていくし、その善良さから医師としては取り返しのつかない大きな間違いをおかしてしまう。アレルギー持ちのマイケルがアナフィラキシー・ショックを起こして急激に弱って行く姿を見ても狼狽えるばかりでとっさに動けず、ミス・ピーターソンに「アーウィン!何をしているの早くアドレナリンを!」と下の名前を呼ばれてやっと駆け出すところ。アドレナリンを手に入れて戻ってきても、事切れるマイケルを掻き抱いて泣き叫ぶミス・ピーターソンを目の前に力なく尻餅をついて怯えた表情でそれを見詰めることしかできなかったこと。なりふり構わずマイケルに心臓マッサージを施し続けた映画の院長と比較すると決して好感度は高くありませんが、スンリさんが演じる院長の姿はそんな弱さを含めてとても人間らしい人物像だったと思います。

 自分が死んだときに泣いてくれる人はいるのだろうか。マイケルのようにそれを自分の生命と引き換えに知ろうとは思いませんが、この疑問自体は私も覚えのあるもの。身内が死んだときに涙を流すという象。『エレファント・ソング』を観て思ったのは、人が身近な人の死に際して涙を流すのは愛する人が亡くなる悲しみはもちろん、人は不可避な死に対する自分の無力を呪って泣くのだということ。象も自身の無力を嘆いて涙を流すのでしょうか。

終演後の舞台 終演後の舞台に残された象のアンソニーのぬいぐるみ
[2020.2.3 修正、追記]

 書いていた登場人物の関係性について勘違いしている可能性がある不確かな部分があったのでその部分の記述を修正しました。  

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  1. 映画では院長の名前がアーウィングリーンバーグからトビー・グリーンに変更されています。

  2. 韓国語でお母さんの意味。

  3. いくつかの韓国語の感想ブログを読んで辿り着いた結論ですが、私の語学力の問題で正直自信は無く…。映画で二人を結ぶキーパーソンである「レイチェル」に対する言及が無かったことは確か。