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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『ブラッド・ブラザーズ』(Blood Brothers) @ Tokyo International Forum, Tokyo《2022.3.30ソワレ》

ミュージカル『ブラッド・ブラザーズ』(Blood Brothers) @ Tokyo International Forum

 本題に入る前に少し昔話を。私がロンドンに観劇遠征に行くときに入国審査官に必ず聞かれる質問の一つが「何のためにここに来たのか?」です。観劇目的であっても「観光です」ぐらいで流す人のほうが多いのかもしれませんが、私の回答はいつも「ミュージカルの舞台を観るため!」。そうすると、必ず「何を観るのか?」と聞かれます。ロンドンに遠征した回数は10回以上ありますが、毎回欠かさず聞かれるので言っていることが本当なのかを確認するための質問としてマニュアル化されているのだと思います。なるべくメジャーそうな作品の名前を例として一つ二つ伝えてその質問は終了なことがほとんどなのですが、とある日私の担当をしてくれた女性審査官の時は質問はそれだけでは終わりませんでした。

Have you seen "Blood Brothers"?
Absolutely amazing!

 その入国審査官のお姉さんは他にも一、二作品をお勧めしてくれたと思うのですが、不思議と今も覚えているのは『ブラッド・ブラザーズ』(Blood Brothers, 以下一部BBと略記) だけで。当時はまだロンドンに観劇遠征をし始めてまだ日の浅い頃で、全日程観る演目を決めた上でチケットも日本からオンラインであらかじめ取っていたのでお姉さんのお勧めはその遠征では観れず。せっかくなのでいつか観てみようと思っていたのですが、残念ながらロンドンでのBBのロングランはその会話をしたと思われる2012年の11月に終わってしまい、お姉さんの推し作品を観ることは叶いませんでした。そんな思い出もあり、観るのをとても楽しみにしていたBBの舞台。日本でも7年ぶりの公演、吉田鋼太郎さんによる新演出となった本作のキャストのみなさまは以下の方々でした。

 ミセス・ジョンストン堀内敬子さん
 ナレーター:伊礼彼方さん
 ミッキー柿澤勇人さん
 エドワードウエンツ瑛士さん
 リンダ木南晴夏さん
 ミセス・ライオンズ一路真輝さん
 ミスター・ライオンズ:鈴木壮麻さん
 サミー内田朝陽さん
 アンサンブル
  家塚敦子さん、
  岡田誠さん、
  河合篤子さん、
  俵和也さん、
  安福毅さん
 スウィング
  黒田陸さん、
  町屋美咲さん

感想

 とても楽しみにしていたBBなのですが、キャストのみなさまは凄く良かったと思えるのに期待していたほどハマれなかったというのが正直な感想です。観終わった直後はキャストのみなさんの熱演に対する高揚感もあったはずなのに、時間が経って後を引くのはお話の本筋と直接は関係ない部分の演出に感じた諸々の引っ掛かり。表現が難しいんですが、このモヤモヤはとても良かったと思える部分もあるからこそ残念に思う気持ちが大きくなってわだかまっていると思うのです。そういったモヤモヤした気持ちを消化するためにこのレポを書いている部分があるので、すでにこの冒頭の文章からしてそうだと思いますが、純粋にこの作品を楽しめた人にとっては水を差すような感想が続く可能性がありますので、その点ご注意ください。

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください)

 まずは良かったと思うところから。先述の通り、キャストのみなさまは全員とても良かったのですが、誰の印象が一番残っているかと聞かれるのなら間違いなく堀内敬子さんが演じたミセス・ジョンストンです。堀内さんは映画『有頂天ホテル』の客室係役がとても印象に残っているのですが、生で拝見するのは初めて。元劇団四季の女優さんであることは作品のプログラムで初めて知ったので、そのパワフルな歌唱力には度肝を抜かれました。ミュージカルナンバーとしてはミセス・ジョンストンの歌で始まり、ミセス・ジョンストンの歌で終わる本作。作品のプロモーションでは全面的にタイトルロールの双子を演じる柿澤さんとウエンツさんにスポットが当たっていましたが、もっと堀内さんをプッシュしてもいいのではと思いました。私の中では彼女が実質的な主役となっています。緩急織り交ぜたダイナミックな演技と歌で、貧しいながらも逞しく力強く生きてきたミセス・ジョンストンが目の前で二人の息子を失い、一気に絶望の奈落に叩き落される様子の演技と歌は圧巻でした。

 ナレーターというどこか他人事のような役名でありながら、圧倒的な存在感とパワフルでロックなボーカルで悲劇の当事者たちを地獄へと誘っていく伊礼さんもとても良かったです。こういう役ってやりすぎても過剰感が出てしまうし、オーラを出す時と消して溶け込む時のバランスがとても難しいと思うんですが、伊礼さんは『エビータ』のチェや『エリザベート』のルキーニ、『ブルーレイン』のジョン・ルキペルのような舞台の「第四の壁」を破って物語の枠外の高みから嘲笑いながら登場人物たちにちょっかいをかける役もきっととてもハマると思ったので是非他の狂言回し役でも観てみたいなと思いました。

 主演のミッキー役の柿澤さんも、長年この役を演じることに並々ならぬ想いがあったというエピソードにとても納得してしまう魂の入った熱演が眩しかったです。一幕の少年時代の全力で飛び回るミッキーの高い身体能力を遺憾なく発揮した悪ガキの躍動感も良かったですが、二幕の中盤からミッキーが社会の不条理に蝕まれて少しずつ快活さを失い、やがてすべてを投げ捨てさせる虚無感を育てていく様子がとても生々しくて、鋭いナイフのように胸に刺さりました。ミッキーが歌うミュージカルナンバーが思いの外少なかったのは少し残念ではありましたが。

 演出面ではラストでミッキーもエドワードも決して帰らぬ人となった後に暗転して流れる

でも指先をクロスして
10まで数えれば

Kids Gameの短いリプライズが流れる最高に後味悪い感じもとても効果的で。不穏な雰囲気ながらもどこか神秘的な雰囲気でミセス・ジョンストンの静かな歌声で始まるオープニングも印象に残っていて好きな部分です。

 正直、一番最初にナレーターにより結末が提示されているのにも関わらず、想像していた以上に救いのないお話だなとは思いました。でもそういった爪痕を残す作品に打ちのめされて劇場を後にするのも割と好きなほうだと自分では思っていて。それにも関わらずどうしてもスッキリしないものが観劇後残り続けたので、そのモヤモヤを観劇友達にLINEで聞いてもらったりしました。自分なりに紐解いてみたところ、お話の本筋とは直接関係のない演出に受け入れ難い部分があり、それがきっかけとなって色んなことが気になり出し始めて、メインストーリーに集中できなかったのだという結論でいったん落ち着きました。結論が自分の中で出たのでそれでいったん良しとしようとも思ったのですが、ちゃんと「こういうのはもう観たくないな」と思ったことを言葉に残さないと、感じたモヤモヤを成仏させることができないと思って書いている部分があります。

 私にとって受け入れ難かったのは昭和の価値観を引きずっているように感じた笑いの演出です。中でも一番生理的に無理だな、と感じたのがミッキーとエディがスウェーデン映画を観に行った後にその興奮した状態のままリンダとその女友達の体に断りもなく触れたり触れようとする部分です。お年頃の二人が映画を観終わった後にそのことで頭がいっぱいになっているのは別に全然大丈夫なんです。その興奮状態を見境なく目についた異性の体に触れようとすることで表現して、それを「この年の男子ってこんなもんだよね」という笑いにしていると感じた時、すっと自分の心が冷めるのを感じました。ミッキーとエディの行為は他愛のない悪戯だと思う人もいるでしょうが、私にとっては二人の行為はそこまでの悪意がなくても性暴力です。その後、双子がリンダに鉄拳制裁で返り討ちにされても一度引いてしまった気持ちはなかなか戻らず。一度気になってしまうと、全般的にちょっと多すぎるのではと感じる下ネタとそのノリもカツラを揶揄する笑いも、双子がどういう環境で育ったのかを示す上でも必要だったかもしれない体罰教師の演出も、今の時代を生きる私自身の価値観からすると不愉快だと思うすべてが気になってしまい。元々この作品は違った演出で上演されていたこともあり、どこまでが今回の演出で脚色されている内容なのか、どこまでが元の脚本や演出にあった内容なのか、さらには私が引っかかった諸々を俳優さんたちはどんな気持ちで演じているのかまで気になってしまい。そういった状態で観劇しているので素直に物語に没頭することができなくなり、自分がこの作品を心から楽しめないのは肌に合わない演出が理由なのか、元々の素材としても合わない内容だったのが気になって集中できなかったのだと思います。

 これまで書き連ねてきた通り、自分には合わないと感じる部分が多かったので同じ演出のままでもう一回観たいかと聞かれたなら答えはノーになります。ロンドンでこの作品を観れていたのであれば、自分が抱いたモヤモヤとした疑問の答えがどちらに倒れたとしても今よりはスッキリしていたと思うので、観れなかったことが悔やまれます。叶うなら、もう一度、別の演出でこの作品を観てみたいです。