韓国ではミュージカル上演の発表がかなり直前で発表されることが結構な頻度でありますが、そんな韓ミュの発表スケジュールにかなり近い形で突然発表された日本版ミュージカル『BLUE RAIN』の再演。今回の再演と同じく、荻田浩一さんが演出、日本語の上演脚本を手掛けた日本初演は公演中止が相次いだ2020年にコロナ禍ならではの表現方法に趣向を凝らして先陣を切って舞台再開の狼煙を上げた作品。今回、新たに加わったキャストに気になる俳優さんの名前を見つけたことも背中を押す要因となり、初演に引き続き観劇してきました。私が観た回のキャストのみなさまは以下の方々でした。
ルーク:東山光明さん
テオ:大沢健さん
ヘイドン:彩乃かなみさん
エマ:池田有希子さん
サイラス:染谷洸太さん
ジョン・ルキペール:今拓哉さん
日本初演の前に書いたので若干登場人物たちの名前の表記が異なりますが、あらすじ、登場人物の説明などを含めた作品紹介は2019年に韓国版のソウル公演を観たときに書いた観劇レポで書いているので、良かったらこちらも併せてご参照ください。
(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)
感想
ざっくりとした全体的な感想としては2020年の初演と比べると今回のキャストの組み合わせの方が好み。特に今さんのジョン、大沢さんのテオ、東山さんのルークと染谷さんのサイラスがそこはかとなく親子だなぁ、兄弟だなぁと感じるのが良かったです。それぞれ性格や志向は違うのに相通ずるものを感じるのですよね。
今回のキャストで特筆したいのは今さんジョンパパの腐れ外道っぷり。この作品だけではなく、過去にも色んな作品で色んなクズ男を観てきましたが、その中でも堂々と一位二位を争うキング・オブ・クズです(褒めています)。「人の神経を逆なでするのがこの人の生き甲斐なのでは?」と思えるくらい、周囲をイラッとする行動をわざとらしくするわ、色んな意味で手が出るのが早いわ、「世界は俺様のために回っている」ぐらいは平気で本気で言いそうな突き抜けたゲスっぷりはいっそ観ていて爽快。エマが庇うべき理由が1ミリも見出せないあっぱれなクズっぷりにはマスクの下でついついニヤニヤしてしまいました。ロクな死に方をしていませんが、今さんが演じるジョンは死んでいるのに実に生き生きとしていて、あのジョンなら生きていても死んでいてもあんな風に息子たちを引っ掻き回すんだろうなぁとめちゃくちゃ納得してしまいます。
大沢さんのテオは「あの父親から暴力を受けながら育って、よくそんな真っ直ぐに育ちましたね?」という雰囲気。ロックな装いに反して、とても繊細で優しい雰囲気でその細やかな表情の演技がとても良かったです。あんまりギャンブルとかしそうにないけど、人は見かけによらないですしね。どことなく相手を甘やかしたい人の心をくすぐる雰囲気があるので、だめんずウォーカーホイホイだったんだろうなという雰囲気はバッチリです(褒めています)。大沢さんと今さんはお二人とも長身でとても手足が長くスタイルがいいので、見た目が一番パパに似ているのは長男だな、なんて思いながら観ていました。
初演の時は私にそこまで考えを巡らせる余裕がなかったのか、組み合わせの問題だったのかそのように感じた記憶がないのですが、今回の東山さんルークはヘイドンを誘導しようとしている姿がパパそっくりだなぁと思いながら観ていました。東山さんのルークは過去のフラッシュバックに対する苦しみ方が尋常じゃないくらい大きく、観ていてちょっとしんどいくらい。毒親の元をやっと離れられて自由になれたと思ったのに絡め取られてしまい、この状態がいつまで続くんだと絶望する気持ちを想像すると無理からん反応かなぁ、と。『BLUE RAIN』の原作となっているドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』では、自分の考えが他人を動かし、結果的に自分が父親を殺したことになるんじゃないかと考えて次男が苦しむこと、神を否定している次男が誰よりも神の存在を求めていることが大きなポイントだと思うのですが、その辺が若干薄まっているように感じます。後者はともかく、前者はもう少し作中で盛り込んで欲しい気も。
感情を抑えた前半部分も感情が爆発する後半部分も、黒い感情と狂気を長い時間をかけてグッツグツと煮詰めたような雰囲気がとても素晴らしかった染谷さんのサイラス。内心動揺していると思われる場面で瞬きが多めになったりと細かい演技もめっちゃ好みでした。サイラスは終盤に一気に場を掻っ攫っていく役なので、この作品の2回目以降の観劇では勝手に期待値が上がってしまう役なのですが、見事その期待に応えていただきました。染谷さんサイラスはその豹変っぷりや狂気もですが、ルキペール家の人間に対する凄まじい執着っぷりがとても怖くて良い。きっと彼はルキペール家に関わらない方が平穏な人生を送れたのでしょうが、その狂気に溢れた執着こそが彼をあの日まで生かしてきたのかもしれないのでなんとも哀れです。自分で自分の命を絶つことによって彼はそこから解き放たれるわけですが、観ている方の心情はさておき、そういう意味では彼の最期は心穏やかなものだったのやも。
全体的な演出に関しては、正直なところ、やっぱり2019年に観た韓国版の方が好きだなと思ってしまいました。私にとって韓国版が親になっているというのもあると思うのですが。初演では感染予防対策としてある程度割り切って観ていたビニールのパーティションですが、再演ではそこにパーティションが存在する意義を厳しめにジャッジするようになったのが一つ大きな理由だと思います。冒頭のテオとルークの面会の場面とか、物理的に壁があることに違和感がない場面や壁の押し引きがパワーバランスのシーソーゲームを連想させる場面は問題ないんですが、そうではない場面は「このパーティションは何を表しているの?」だとか「この人がこの場面で壁の向こうから壁に手をつけて話しかけている理由はなぜ?」などの疑問点に自分の中で合理的な理由が見出せない部分が多くて。ただでさえパーティションは俳優さんの姿を見るのには邪魔なので、そこにある必然性が感じられないと余計「むむっ」となるとでも言いましょうか。あと単純に私がガランと広い空間で椅子を打楽器として打ち鳴らしまくりの韓国版の演出が好きというのもあります。パーティションが水槽を連想させる雰囲気は作品に合っているとは思うんですけどね。予算の関係で難しいのかもしれませんが、パーティションがたわむビニールじゃなくて視界良好なガラスだとまた印象が変わる部分もあるかもしれません。
観劇した席1によって違いがあるのかもですが、音響のバランスも個人的に少し残念でした。ピアノオンリーの部分は特に問題なかったのですが、エレキギターが加わるナンバーだと楽器の音量に対して俳優さんの歌声の音量が小さくて聞こえづらくて。エレキが入るナンバーは盛り上がるナンバーだけにもったいないので、また再演があればそこの調整は是非お願いしたいところです。と、後半ちょっと辛めの感想が続いてしまいましたが、とても好きな作品なので次の再演ではさらに素敵な仕上がりになることへの期待を込めて。また再演される日を待っています。
よかったらご協力ください。
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ちなみに私は下手側前方席で観劇しました。↩