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劇場に行くためにどこでもドアが欲しいミュージカルオタクの観劇記録と観るためのあれこれ

【観劇レポ】ミュージカル『オリバー!』(Oliver!) @ Tokyu Theatre Orb, Tokyo《2021.10.16-2021.10.31》

ミュージカル『オリバー!』

 2020年のミュージカル『ビリー・エリオット』再演に出演していたキャストのみなさんが多数出演することを知り、観るのを楽しみにしていたミュージカル『オリバー!』(Oliver!) 。同じ動機で観に行くことを決めた観劇仲間とも相談し、「よし、この日程ならフェイギンとナンシーのダブルキャストの両方が観れるし、ビリーファミリーも全員コンプできる!」と計画を練りに練って2公演を厳選してチケットを取っていたのですが、そんな中で突如発表された配役変更。当初フェイギンのギャングのキャプテン役に配役されており、『ビリー・エリオット』ではマイケル役を演じていた佐野航太郎くんが主人公オリバーの兄貴分のドジャー役に急遽配役変更されることに。「このままだとビリーファミリーで航太郎くんだけ観れなくなっちゃう!」となり、追加で買ったチケット。後一枚足せばオリバー役は全員観れるという状態に。ダメ押しでそれぞれ4人ずつキャスティングされているオリバー、ドジャーの回を観劇するとスタンプを押してもらえるスタンプラリーでオリバーかドジャーのどちらかのスタンプをコンプしたら非売品のスタッフジャンパーが貰えるというキャンペーンが。作品の不思議な中毒性も後押しし、まんまとキャンペーンに乗せられてリピーターチケット販売カウンターに並ぶことになったのでした。

 私が観た回のキャストのみなさまの詳細は下記のキャストボードの写真をご確認ください。子役キャストのみなさんだけではなく、大人のアンサンブルキャストとしてもビリーファミリーの方々に再会できたのがうれしい。

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2021.10.16 ソワレ、2021.10.17 ソワレのキャストボード
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2021.10.30 ソワレ、2021.10.31 マチネのキャストボード

作品紹介

 ミュージカル『オリバー!』はイギリスの文豪チャールズ・ディケンズの小説『オリバー・ツイスト』(Oliver Twist) を原作とした故ライオネル・バート (Lionel Bart) 氏の作詞作曲、脚本によるウェストエンドミュージカルです。『オリバー!』の初演は1960年のロンドン。ウィンブルドン劇場 (Wimbledon Theatre)でプレミア公演が行われた後、ウェストエンドのニュー・シアター (New Theatre) 1トランスファーされ、2500回以上も上演するほどのロングランを記録し、1968年には映画化もされています。『オリバー!』は今やミュージカル界の押しも押されもせぬ重鎮であるキャメロン・マッキントッシュ卿がミュージカルのプロデューサーとしてのキャリアの実績を積み始めた頃にリバイバル公演のプロデュースを手掛けたことでも知られており、卿の作品への思い入れの強さは彼のキャリア30周年を祝った1998年のガラ・コンサート『Hey! Mr. Producer』でも窺えます。

 『オリバー!』の初めての日本語公演は1990年の帝国劇場。今回の日本公演は2011年からスタートされた英国ツアー公演のプロダクションをベースとしていると思われる新しいプロダクションです。鮮やかな舞台のデザインコンセンプトはエイドリアン・ヴォー氏、共同演出も手掛けたマシュー・ボーン卿が振付を担当。日本語の上演脚本と訳詞はミュージカル『ビリー・エリオット』と同じく常田景子さんと高橋亜子さん。演出はジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイ氏が務めています。

(以下、ネタバレが含まれるためご注意ください。)

あらすじ

 ロンドンから少し離れたとある地方都市の救貧院でオリバー・ツイストと名付けられた孤児の少年は暮らしていた。ご馳走を夢見ていつもお腹をすかせた救貧院の仲間に仕向けられ、粗末なお粥の食事のおかわりをねだったオリバー。オリバーはそれにより救貧院の役人と婦長であるミスター・バンブルとミセス・コーニーの不興を買い、わずか3ポンドで葬儀屋のサワベリー氏に売られて救貧院を追い出されてしまう。オリバーの悲しげな顔付きが気に入ったサワベリー氏だが、オリバーは葬儀屋の従業員ノアにその境遇を揶揄われ、亡くなった母を侮辱されたことに怒ったオリバーは一騒動を起こして葬儀屋を逃げ出す。

 やがてたどり着いたロンドンで空腹を覚えてぼんやりとしていると、オリバーは「アートフル・ドジャー」と名乗る年上の少年から「立派な紳士」と寝床を紹介してやろうと持ちかけられる。素直にドジャーとその仲間の少年たちに付いていったオリバーが彼らの隠れ家で出会った「立派な紳士」のフェイギンは、少年らを束ねたスリ集団の親玉だった。フェイギンは少年達のリーダー格であるドジャーとチャーリーと一緒にオリバーを「初仕事」に向かわせるが…。


2021年ミュージカル『オリバー!』PV

感想

 まるでポップアップの仕掛けが施された絵本のように色鮮やかで美しいミュージカル『オリバー!』の舞台。どこか幻想的でありながらもヴィクトリア朝時代のイギリスの社会問題を突きつけてくる救いの少ない物語のこの作品は、多数の子役が出演する作品が必ずしもいわゆる「子供向け」の作品ではないと改めて実感させられます。手元に円盤があるのにも関わらず映画版は未視聴、小説も未読という状態でディケンズの原作を大胆に翻案した2019年のアークインターナショナル版ミュージカル『オリヴァー・ツイスト』だけを観たことがあるという状態でこの作品を観劇した私は、最初の観劇では「えっ?ここで終わるの??」とミュージカルの終わり方に大きく戸惑いました。

 怒涛の展開の二幕であっけなく最期を迎えるフェイギン一味出身で悲しき共依存関係のナンシーとビル。どちらの死因も悲惨で救いがなかったことに対して心が沈む気持ちが回復する暇もないままオリバーだけは家族と再会して救いを得ますが、フェイギンは全財産を失って仲間も散り散りに。警察官に捕まったドジャーもその後どうなったか全く行方はしれません。カーテンコールでキャスト全員が少し役を離れて大円団的に歌う「信じてみなよ」(Consider Yourself) のナンバーがなければ、お通夜のような気分で帰路についたこと請け合いです。ミュージカルでは人間味と温かさも感じてどこか憎めないフェイギンが原作では純然たる悪党で、その後絞首刑になるところまでを描かれていることを考えたらこれでもミュージカルはソフトランディングしているのかもしれません。


2021年ミュージカル『オリバー!』東京千秋楽カーテンコール
 

 ライオネル・バート氏のミュージカルスコアはどれも耳に残る印象的なものばかり。セットの美しさにはすでに触れていますが、陰鬱な雰囲気の救貧院もそこから抜け出した田舎町の雪景色も、猥雑に人でごった返して活気のあるロンドンの街並みも、酔客で賑わう川辺の酒場もどれも息を飲むほどの出来栄え。そんなセットの中で所狭しとたくさんのキャストが行き交う群舞は自然でありながら複雑に計算し尽くされて見応えたっぷり。話の展開の速さ、エンディングのあり方にいったん「そういうものだ」と慣れてしまうと不思議なほどの吸引力がこの作品にはありました。特に群舞、合唱の場面は本当に好きで、全員大集合な「信じてみなよ」はもちろんのこと、ローズセラー、ミルクメイド、ストロベリーセラー、ナイフグラインダーの美しく静かな朝を感じるハーモーニーから一気に街が目覚めて活気に溢れてくるように感じる「誰が買うのだろう」(Who Will Buy) のナンバーが凄く好きです。

 個人的な好みからすると、ミスター・バンブルとミセス・コーニーが歌う「叫ぶわよ!」(I Shall Scream) のエピソードに尺を割かれるよりはビルとナンシーの関係がなぜそのようになったのかを掘り下げたりとか、オリバーがブラウンロウ氏に保護されることになった経緯をもう少しわかりやすく描写して欲しいと思ったりしなくはないです。ですがこの二人のやりとりがあったからこそ、後に『レ・ミゼラブル』のテナルディエ夫妻が生まれたのだと思うと感慨深いものがあります。すべてを失ったフェイギンが黄昏ゆくロンドンの街に吸い込まれているラストに『ミス・サイゴン』の一幕最後、「最初から考え直そう」(Reviewing the Situation) に「アメリカン・ドリーム」(The American Dream) のエンジニアの姿を思い浮かべたのはきっと私だけではないでしょう。

 そんなフェイギン役を演じてもらいたいとキャメロン・マッキントッシュ卿から熱烈なラブコールをずっともらっていたという市村さんのフェイギンはさすがの匠の技。小悪党ながらも子飼いの少年たちをどこか温かく見守るようなその眼差し、ちょっとした手付きの優しさには年若い後輩たちを見守る先輩のようにも年の離れた父親のようにも感じました。武田さんのフェイギンを一言で表現するのであれば、まさに「怪演」という言葉がぴったり。ずる賢いながらも憎めないお調子者のフェイギンは武田さんならではのフェイギンだったと思います。お二人のキャラクターの違いがよく表れるフェイギンの宝箱の場面はお気に入りの場面の一つです。

 ナンシー役の濱田さんとソニンさんも同じ役にも関わらずそれぞれ個性が出ていて全然印象が異なることも面白く。力強い生命力に溢れてとにかくパワフルな濱田さんのナンシーに対し、力強く豪快な笑顔の裏に切実な思いと悲壮感が漂うソニンさんのナンシー。ビルとの関係も、それぞれその面倒見の良さから悪名高い問題児を漢前に引き受けてしまったナンシーとこれぞ悲しい共依存の関係と思わせるナンシーで、同じ役でも消化の仕方でこうも印象が変わってくるのかと唸りました。荒々しさの裏にとことん不器用な姿が感じられるspiさんのビルとその最期に言い知れぬ寂しさを抱えているように感じからもとても冷酷に感じる原さんのビルもそれぞれ印象が違うので、組み合わせを変えての観劇もしてみたかったと思います。

 ノーブルな雰囲気と天使のような清らかさを感じるエバンズ隼仁くんのオリバーに、演技派でどこかやんちゃな雰囲気をした小林佑玖くんのオリバー、怒りの演技の爆発力が印象に残った高畑遼大くんのオリバー、そして透明感あふれる歌声と明瞭な台詞回しが印象的だった越永健太郎くんのオリバー。どのオリバーもとても綺麗なボーイソプラノで可愛かったです。

 「必ずここへ帰れ」(Be Back Soon) で披露される得意のバトンワーリングの技がかっこいい川口調くんのドジャーは人懐っこくて面倒見がいいながらもめいいっぱいお兄ちゃんぶっている感じがとても微笑ましくて可愛く。大人キャストと混ざっても遜色のないダンスのキレの良さはさすがです。対して、名前からして長男の雰囲気がある佐野航太郎くんのドジャーはとてもナチュラルに細かいところにも目が届く面倒見のいい兄貴分!という雰囲気。滑舌がよく、自然だけどとても聞き取りやすい台詞回しが印象に残りました。どちらもとても素敵な「小さな紳士」でした。


2021年ミュージカル『オリバー!』プレスコール
 

 ドジャーの親友という設定のフェイギンのギャング団のチャーリー・ベイツを演じていた日暮誠志朗くんに中村海琉くん、ディッパー、キッパー、ニッパー三兄弟の長男役を演じていた河井慈杏くんらビリーファミリーのみんなはもちろん、フェイギンのギャング団の少年たちはみんな芸達者で彼らが一斉に登場するシーンは本当に目がいくつあっても足りない状態でした。

 美術や振付、衣装などの緻密に積み上げられた美しさとどこか荒削りな力強さ。そんなアンバランスさを実力溢れるキャストがある意味力技で押し上げている。ミュージカル『オリバー!』の不思議な魅力はそんなところに秘密があるのかもしれません。

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  1. 現在のノエル・カワード劇場 (Noël Coward Theatre)